【完】君しか見えない
「だけどね」
そう言いながら十羽が、声のトーンを落とした。
「その日楓くん、寝言で私のことを呼んだの。
寝てるのに涙を流して、会いたい、いつ戻ってくるんだよ、って」
黙っている俺に、十羽は続ける。
「私、そこでやっと気づいたの。
ああ、楓くん全然大丈夫じゃなかったんだって。
なんですぐに気づけなかったんだろう。作り笑顔ばっかりで、あんなに笑えてなかったのに」
十羽と離れてから、ムリやり笑っていた頃の自分を思いだす。
いつの間にか、愛想笑いをしてることにも気づかなくなっていた。
女遊びを繰り返しても、ちっとも心は満たされなかった。
隣に十羽がいなかったから。
もう二度と会えないとはわかっていても、心のどこかで十羽のことを待っていた。