【完】君しか見えない
「ちょっと来いよ」
静かな、でも有無を言わさぬ声。
目がタオルの影になっていて、その表情は窺い知ることはできないけど、いつもと違う様子なことは察知できた。
ぐっと私の手首を掴んだまま、楓くんが歩きだす。
みんな黒瀬くんに気を取られているせいで、楓くんのことには気づいてない。
「楓くん、どうしたの?」
ぐんぐんと歩いて行く楓くんの後ろ姿に向かって声をかける。
でも、楓くんはなにも返さず、ただ歩みを進めるばかり。
人のいない階段下に来たところで、ようやく楓くんが手首を掴んだまま立ち止まった。
「……なんで来たんだよ」
怒りを押し込めたようなその声に、思わず体中が強張ったのが自分でもわかった。
もしかして、楓くん怒ってる……?