キス税を払う?それともキスする?
 昼食を終えた奥村が南田の隣の席に戻った。

「あの…。ありがとうございます。
 飯野さんのこと。」

 こんなにつらく当たっている奴にお礼を言うのか…。
 どこまでお人好しなんだ。

「基礎も出来ていないやつと仕事したくないだけだ。」

 奥村の顔を見れずに南田は素っ気ない返事を返した。


 午後からはまた厳しく指導した。
 それでも頑張る奥村に賞賛したい気持ちだった。

 5時になると定時のチャイムが流れる。
 派遣の子たちは帰り支度を始めている。
 そんな中で南田は奥村に告げた。

「君も帰れ。」

 奥村はいかにも不満げな顔から言葉を発する。

「まだ仕事残ってますから。」

 律儀で真面目過ぎる。

「発言だけは一人前か。
 卓越するほどになってから所感を述べるんだな。」

「自分の仕事は終わらせてから帰ります。」

 いいんだ。帰ってくれ。
 残業させては君を僕のペアにさせた意味がない。

「無能な奴がいくら残っても中身が伴わない。
 とにかく帰宅しろ。」

 辛辣だっただろうか。しかし…。

 無言で帰り支度をする奥村に、南田は声をかけてやれなかった。


 しばらくして思い直すと奥村を追いかけた。
 渡そうか迷っていたものをポケットに確認する。

 会社のビルから出る手前で追いついた。
「奥村華!」と声をかけると立ち止まった。

その奥村にポケットの中身を握りしめて手を差し出す。

「これを…君の落し物だ。」

 差し出された手を不可解な面持ちで見つめた後に、奥村も手を出した。

 手の中に落ちたのは鍵。
 南田のマンションの鍵だった。

「私のではありません。人違いです。」

「何を…。
 だから君は強情だと言っている。」

 来ないつもりか。もう僕は腐っていない。
 強行手段だろうと、僕は君を手に入れる。

 顔を上げた奥村に顔を近づけた。
 目を丸くした奥村の頭に手をかけて自分の方へ引き寄せた南田は、そのままくちびるを重ね合わせた。

 もう君は公私ともに僕のものだ。

 離したくない気持ちをなんとか引き剥がしてその気持ちとともに手を離した。
 すると奥村はその場にペタンと座り込んでしまった。

「僕はもう少し仕事をしてから帰宅する。」

 奥村から返事はなかった。
 認証の機械がないこの場で重ねてしまったことを彼女はどう思っただろうか…。

 衝動を抑えきれなかった。
 彼女のことが愛おしかった。

 南田を見送るように座り込んだままの奥村を、離れたところから見ている人影があった。

「ふ〜ん。そういうこと…。」

 その人はニヤリと口の端に笑みを浮かべた。
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