キス税を払う?それともキスする?
 5時になると定時のチャイムが流れる。派遣の子たちは帰り支度を始めている。

 そんな中で南田は華に告げた。

「君も帰れ。」

 え…。また「帰れ」って…。

「まだ仕事残ってますから。」

「発言だけは一人前か。卓越するほどになってから所感を述べるんだな。」

 あぁ。忘れてた。この難解ヤロー!

「自分の仕事は終わらせてから帰ります。」

 華はムキになって仕事を進める。

「無能な奴がいくら残っても中身が伴わない。とにかく帰宅しろ。」

 無能…。その言葉は華に突き刺さった。

 また涙が出そうになって服をギュッと握りしめる。この人の前でなんか泣きたくない。

 華は無言で帰り支度を始めた。

 華は怒る気にもなれずに、とぼとぼと帰っていた。
 そんな華を今日は南田が後から追いかけてきた。

 会社のビルから出る手前で「奥村華!」との声に立ち止まる。

 まだ文句があるんだろうか。

「これを…君の落し物だ。」

 落し物?差し出された手を不可解な面持ちで見つめた後に、華も手を出した。

 手の中に落ちたのは鍵。これって…。

「私のではありません。人違いです。」

 渡されたのは南田のマンションの鍵のようだった。

「何を…。だから君は強情だと言っている。」

 何か言い返してやろうと顔を上げた華のすぐ近くに南田の顔があった。

 え…なんで…。

 目を丸くした華の頭に手をかけて自分の方へ引き寄せた南田は、そのままくちびるを重ね合わせた。

 すぐに離された手とともに、華はその場にペタンと座り込んでしまった。

「僕はもう少し仕事をしてから帰宅する。」

 華は呆然と南田の後ろ姿を眺めることしかできなかった。

 なんで…。ここで…。

 そこには認証の機械はなかった。


 南田を見送るように座り込んだままの華を、離れたところから見ている人影があった。

「ふ〜ん。そういうこと…。」

 その人はニヤリと口の端に笑みを浮かべた。
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