キス税を払う?それともキスする?
 南田のことが気になってはいたけれど、まだ飯野との教育期間は続いていた。
 後ろ髪を引かれつつもヘルプデスクへと足を運ばせた。

 いつも好奇の眼差しを浴びせていたヘルプデスクの人に今日は珍しく話しかけられた。

「飯野さんはいないよ。」

「え…。今日はお休みですか?」

「なんだ。知らないの?大沢議員との癒着。あれに関わってるんじゃないかって連れていかれた。」

 うそ…。飯野さんまで…。

 愕然としている華の元に、また驚きの言葉をかけられた。

「あなた南田って奴の部署の子だろ?あいつのせいで飯野さんは厄介者になっちまったのさ。」

 話しかけてきた人の隣の人が眉をひそめて会話に参加する。

「もう。そんなこと言わなくてもいいじゃない。この子は知らなかったみたいだし。」

 その話はしたくない内容みたいだ。
 でも華は知りたかった。

 知るのは怖い気もして、抱えていた本を握りしめた。
 息を飲んで質問する。

「詳しく教えて欲しいです。南田さんと飯野さんのこと!」

 ヘルプデスクの二人は顔を見合わせて、肩をすくめた。

「いい人だと思ってるなら聞かない方がいいと思うよ。別に飯野さんは悪い人ってわけじゃないんだけどね。」

「それでもいいんです。お願いします。」

 知らなくていい。聞かなくていい。見なくていい。そんなのもう嫌だった。


 ヘルプデスクの人は華の勢いに根負けしたように話し出した。

「まだ新人の子が配属される前に私たちが教育する時期があるの。
 だいたいが大卒の子たちへの教育で、その時はまだどの部署に行くかさえも決まってない時ね。」

「そうそう。その時の教育責任者が飯野さん。その時は飯野部長だったな。
 みんなからの信頼も厚いし、いい上司だったよ。」

 二人はしばらく黙ってしまった。そして言いにくそうに口を開く。


「南田って奴がどれだけできる奴か知らないけど…。
 あいつのせいでうちのシステムがウィルスにやられかけたんだ。」

「ウィルス!」

 そう口にして華は宗一と嫌がらせをしていた女の人のことが頭に浮かんだ。

「まだ早い段階で気づいたから社内には広まらなかったけど、巧妙なウィルスでね。
 ヘルプデスク内は全滅。復旧は大変だったんだぜ。」

「しかもヘルプデスクがウィルスに侵されるなんて社内での信頼や実績なんかも崩れて、ヘルプデスクを不安視する声もあがってしまうわ。
 実際に心無い言葉をかけられたメンバーもいるの。」

 よほど嫌な思いをしたんだろう。
 目を伏せてつらそうな表情を浮かべている。
< 86 / 189 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop