キス税を払う?それともキスする?
 マンションに着くと玄関で待たされることなくリビングに通された。
 そしてすぐに用意されていたパソコンの前に座らされた。

「これは消さなければならないな。」

 南田がパソコンを操作して華に見せる。
 画面に映像が流れた。

 白い壁、ベッドに寝ている人。
 その人の声が流れる。

『…や。ヤダ…南田さん…やだって。』

「これ…。」

 華が倒れて医務室で寝ていた時の動画だった。

「こんなもので無理矢理の契約など…すまなかった。」

 華は動画のことはすっかり忘れていて、突然の謝罪に面食らっていた。

 南田は続ける。

「綾乃と同様のことを僕は犯してしまった。卑劣だった。」

「綾乃って…。」

 驚きからつい声が漏れた。

「宗一のマンションで話したハッカーまがいなことをした奴のことだが、名は知らなかったか。」

 名前を知らないとか、そういうことじゃなくて!
 どうしてその人は綾乃で私は君なんだって話!

 華は憤慨し過ぎて訴えるのでさえ馬鹿馬鹿しく思えた。
 南田は不思議そうな視線を向ける。

「何ゆえ不機嫌なのかが理解できない。」

 不機嫌なのは感じ取れるの…。

 そしてため息混じりに名前を呼ばれた。

「奥村華。」

 なんで私の名前を呼ぶ時はフルネーム…。

「なんですか?」

 顔を上げると顔がすぐ近くにあって、ゆっくりと近づいて来る。

 ブッ。

 迫り来る顔に華の両手が当たって阻まれた。
 南田はズレてしまった眼鏡を押し上げて心外だと言わんばかりだ。

「何故だ…。」

「そうやって誤魔化そうなんて!」

 しばらくの沈黙の後。
 今度はズレていない眼鏡が押し上げられた。

「そのようなことはしようとしていない。」

「じゃ何を…。」

 ふいに手をつかまれて、その指先は南田のくちびるに触れさせられた。

 驚きと緊張で指先の感覚なんて無い。
 それでもその仕草にドキッとする。

「あのような物がなくても僕を所望して欲しい。」

 な…何を…。華は顔が赤くなっていくのを自覚した。

 やっぱり南田さんは私のことを?

 華はドキドキして言葉に詰まってしまった。
 そんな華に南田は言葉を重ねる。

「改めて契約を締結したい。」

 あくまで契約…。別にいいんだけどさ。
 昨日の好きとか、そういうのはなんだったんだろう。

 南田は華の疑問を知る由もなく華を置き去りに話し出す。

「体がにわかに硬直をしている。
 手の震えもある。緊張が現れているようだ。
 …しかし外での認証と違い、マンションなら一瞬で終わる。嫌な思いなど…。」

 一瞬でって、もしかして緊張する私のため?嫌な思いって…。
 やっぱり南田さんって論点がズレてるっていうか…さ。

 華はなんだかおかしくなって笑い出した。

 そして怪訝そうな顔をこちらに向ける南田の服をそっと引っ張った。

 ピッ…ピー。認証しました。

「な、何故だ…。」

 離した南田の顔は真っ赤で、華は驚くことになった。
 南田は片手で顔を覆いながら意味不明なことをまくし立てる。

「…今の行動は契約事項に反する。
 契約の第三条、契約者は契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
 よって…。」

 クスクス笑う華によって南田の言葉は遮られた。

 手を外された顔はまだ僅かに赤いままで目には不満の色を浮かべている。

「何がおかしい…。」

「いえ。まだ契約を結び直しては無いんじゃないですか?」

 黙ってしまった南田に余計に笑えてしまう。

 まいっか。もう一度契約しても。
 うん。契約でもいっか。

 忘れてたけど南田さんってこういう人だった。

 その真っ赤な顔は、私のこと…好きって思っていいんだよね?

 華は何個もある疑問の一つを口にした。

「そういえば南田さんのお名前って湊人さんなんですね。」

「…もう一度言ってくれ。」

「え?湊人さん…ですよね?」

 みなと…さん…とつぶやいて南田は続けて小さくボソッとつぶやいた。

「名を呼ばれただけで心臓が踊るようだ。」

 えっと…それはつまり…。

「みなみだみなとってすごい名前だって自慢したいってことですか?」

 華の言葉に南田の目が見開かれた。

「本当に君は予測不可能な言動をする。」

 そう口にした南田は柔らかい笑顔を華に向けていた。

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奥村華side Fin
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