墓場まで持っていくために
墓場まで持っていくために
スマートフォンが着信音を奏で始める。
画面には彼の名前。
胸をなでおろした。
一方で緊張感も走る。
しくじってはならない。
心のうちを見透かされないようにしなければ。
目の前の女性の鋭い視線にニッコリと笑ってから電話に出る。
『五木です。お世話になっております。どうされましたか?』
電話の向こうから聞こえるのはよそいきの声と話し方。
電話の向こうが騒がしい。
おそらく彼は今職場からかけてくれているんだろう、私が何度もかけたから。
「五木さんお世話になってます。すみません、何度も電話してしまって。あの実は、今日の予定なんですけど、」
『あ、ご都合悪いですか?』
「いえ、そうじゃないんですよ。すみません、私、予定を書いてた手帳を自宅に忘れてきてしまってですね。時間と場所を確認しようと思いまして」
『あー、なるほどですね。時間は』
「19時に五木さんの事務所でよろしかったですよね?」
『え?……あ~あ!そうでした、はい。19時にお待ちしています』
「ありがとうございます」
そうして、お互いに電話を切った。
「ね、仕事の予定でしょ?」
私は目の前の女性にニッコリと笑いかけると、依然鋭い視線を向けている彼女の表情がほんの少しだけゆるんだ。
うん、大丈夫。
「もうっ。疑われるとホント仕事しにくいからね。五木さんと私が怪しいだなんて」
「ごめんごめん」
うん、大丈夫。
正直、彼女はまだ私と彼のことを疑っているだろう。
だけど、とりあえず今回のところは多分私の勝ち。
「友達のダンナなんて興味ないからね。ね、五木まみさん」
わざとらしく彼女をフルネームで呼び、いかにも罪のない笑みを向けた。
墓場まで持っていくために 終