アーサ王子の君影草 ~スズランの杞憂に過ぎない愁い事~
 放心したまま、早足のセィシェルに連れられて酒場(バル)の居間へと戻って来たが互いに無言を貫く。
 それでもセィシェルは甲斐甲斐しくスズランの濡れた身体を毛布で包むとそのまま浴室の脱衣場へと押し込んだ。

「……俺、部屋で着替えてくるからスズは熱い湯を浴びて身体あっためてから着替えろ」

「……」

 手短に言い終えるとセィシェルも濡れた制服の上着を脱ぎ、洗い籠に投げ入れる。スズランはその様子をぼんやりと眺めていた。

「何だよ。早くしろよ…、また風邪引くだろ。それとも俺の裸見たいとか?」

「ち、ちがうもん…! じゃあわたしもお湯を浴びたら着替える」

「しっかりあったまれよ!」

 セィシェルの軽い冗談にやっと反応を返して言われるままに浴室に入った。とりあえず栓をひねると勢いよく降ってきたお湯の温かさに多少気持ちが和らぐ気がした。浴室内でびしょ濡れの制服を脱ぎ、お湯に素肌を晒す。

「あったかい……」

 思いのほか冷えきっていた身体を十分に温め、浴室を出ると寝間着が用意されていた。仕方なく寝間着に袖を通して居間に向かうと着替え終わって待機していたセィシェルに自室まで強制連行されてしまった。
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