A・O・I

逸る気持ちを抑えて、旅行先へと向かった。

予定より残業が長引いてしまって、来るのが遅くなった。


「夕飯にまだ間に合うかな?」


腕時計を何度も確認しながら、小走りに旅館の廊下を進んでいると、日本庭園がふと目に入った。

硝子さんとここ散歩したいな……そんな事を思っていた矢先、二人の姿が目に入った。

一人はスーツ姿の男、その胸に寄り掛かっているのは浴衣の女。


「あれは.....クソッ!!」


顔が見えた瞬間、俺は庭に飛び出していた。


「こんな人気の無い所に連れ出して、何してるんですかっ?!!」


「君は……」


「硝子さんから離れて下さい。俺が連れて行きます。」


他の男の胸の中にいる彼女を見て、全身が沸騰した様に怒りが込み上げて来た。

誰にも触れさせたくない。

誰もに渡したくない。

どす黒いエゴの塊の様な感情が溢れ出して、今にも吐き出しそうだ。


「いきなり現れて、あんまりな言い様だな?ただ介抱していただけだよ。接待で飲み過ぎちゃってね。」


「お見合いの件は、断った筈。」


「いや、悪いけどまだ保留だよ。俺が食い下がったんだ。君だってずっと一緒には居れないだろ?いずれは誰かと結婚するだろうし、彼女をもう独りにはしたくないからな。」


「独りになんかしないっ!!」


静かな日本庭園に響き渡った。


「それはどうゆう意味かな?」


「貴方に答える義務は無いです。」


< 59 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop