A・O・I
今迄、考えた事もなかった。
私と蒼には、見えない壁がずっとあの頃のまま、存在し続けていたのか。
「硝子!着いたよ。危なっかしいから、部屋の前まで送るよ…大丈夫、上がったりしないから。」
「...........うん。ありがとう。」
ゆっくりと私の足元の様子を見ながら、啓介は部屋まで支えて歩いてくれた。
久し振りに、啓介の体温を感じる。
啓介の好きなムスクの香り。
「よし、着いたぞ?鍵は出せるか?」
「うん...........後は大丈夫。本当に迷惑かけたね。」
「ハハッ...こんな事、迷惑の内に入らないって。」
「ありがとう...........それじゃあ部屋入るね。」
「あっ...あのさ、こんな時に言うのもなんだけど、蒼君も独り立ちした事だし、お前も子離れして、俺の事、前向きに考えてくれないかな?お前が何て言おうと、独り身の内は、俺は諦めないからな。」
「啓介...........。」
断りの文句が口を突きそうになったけれど、自分の足元がぐらついている今、急に怖くなって口を噤んだ。
自分のあざとさに嫌気がさす。
「じゃあ、おやすみ。」
「...........おやすみ。」
部屋に入ると、着の身着のままソファーに倒れ込んだ。
「もう...色々あり過ぎ.....疲れた....頭ぐちゃぐちゃ.....................もうやだ...........眠い...........。」
柔らかいソファーに凭れると、フワッと蒼の香りが鼻を擽った。
肘掛に掛けてあったブランケット。
蒼がよく私の帰りを待つ間、愛用していた物。
無性にあの子の匂いが恋しく思う。
一番近くで感じていたいのに...........。
「私は...........母親に...........なれてなかったのかな...........。」