不埒なドクターの誘惑カルテ
第一章 テキトー産業医
恋の安全点検

第一章 テキトー産業医

 春——わけもなく心が踊る四月。桜の花が舞い散るなか私は急ぎ足で新しい勤務先でのあるビルに向かっていた。

 私、坂下茉優(さかしたまゆ)は入社五年目を迎えたばかりの二十六歳だ。まだまだ就職難の中、希望の業界に新卒で入社できたのは本当にラッキーで、最初に配属された関東の外れにある営業所では、和やかなメンバーの中で楽しく仕事をしていた。

 しかし、会社の体系が変わることになり統廃合の関係で営業所は閉鎖。私は、今日から本社の総務課へ異動となったのだ。

 私の勤める会社は、大手食品会社のミカドフーズ株式会社だ。チョコレートやビスケットなどのお菓子を始め、加工食品、栄養食品、飲料に、サプリメントなど扱う商品は多岐にわたる。

 昨日までは前営業所の片付けの作業に追われた。そしてバタバタと異動初日を迎えて、頭のなかで自己紹介の練習を繰り返しているうちに到着した。

「やっぱり・・・・・・すごいな」
 見上げるほどに高い本社が入っているBCビルは、日本有数の様々な企業が入居している。一度研修で訪れた際には、十九階にある本社に向うエレベーターを探すのに苦労したのを今でも覚えている。

 だから早めに家を出たつもりだったのに、思ったよりも時間がかかってしまった。

 ぼーっと眺めている暇はない。私は自動ドアをくぐると人で溢れかえるエレベーターホールを横切って、ギュウギュウ詰めのエレベーターに乗り込んだ。


「本日より総務部でお世話になります、坂下です」

 総務部長の隣に立ち、みんなの前で頭をさげた。本日付で異動してきたのは私をいれて三人。皆の挨拶が終わるとすぐに部長がパンパンと手を叩いた。

「さあさあ、四月は総務は死ぬほど忙しいから、みんなしっかり頑張ってくれよ」

 挨拶もままならないまま、私は入社式の手伝いのために大会議室に早速駆り出された。

 その後も、出された指示だけをこなし入社式を終えて総務課に戻る。やっと自分の席に案内された。

 とりあえず席について、異動初日に提出しなければならない書類に目を通していると、向かいの席に座っている女子社員が話しかけてきた。
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