不埒なドクターの誘惑カルテ
 本当ならば、私自身は何もやっていないということを伝えなくてはならないのに、先生がここまでやってくれていたことを知り、驚きで何も言えずに席に戻った。

 そして渡された書類をよく確認してみる。そこには私の知らないところでの束崎先生の努力が、数字になって現れていることが理解できた。

 たしかに態度そのものは軽かった。しかし私は彼のその態度だけを見て、本来の仕事ぶりを全く見ていなかったのだ。

 自分の思い込みと浅はかさに、嫌気がさした。

 深い溜息をついた瞬間、あることを思い出した。

 私は急いでパソコンのデータベースにアクセスした。今の私は、自分のした失敗を取り戻そうとそのことだけを考えていた。
 


 その二日後——。

 私は本社から電車で二十分程かかる、加工食品工場に来ていた。ここでは、カレールーを中心にレトルト食品やダイエット用の食品を作っている。

 時間は十四時半、そろそろだ。

 私は工場の駐車場に立ち、門の方を眺めていると一台の青いプジョーがやってきた。運転席を見てサングラスをかけていたけれど、それが誰なのかすぐにわかった。相手も私に気がついたようで、車を止めてサングラスをはずし驚いた顔でこちらに駆け寄ってきた。

「茉優? いったいどうしたんだ?」

 私は先生の質問に答えずに、勢い良く頭を下げた。

「すみませんでしたっ!」

「な、何、急に。だからどうしたんだよ」

 私の行動に慌てた束崎先生が私の肩に手を置いて、顔を覗き込んできた。ゆっくりと頭を上げて、先生の顔を見てもう一度謝った。

「私、先生のこと誤解していました。上辺だけで判断して、先生の本当の仕事を理解していませんでした。本当に申し訳ありませんっ!」

 真剣に謝る私を見て、先生は唇をぎゅっと結んでいた。しかし堪えきれなくなったように「ぶっ」っと吹き出すと、声をあげて笑いだした。

「なんだ、そんなこと言いにわざわざここまで来たわけ? 気にしなくていいのに」

「いえ、ちゃんと謝りたかったんです」

 ひとしきり笑い終わった先生は、私の頭をポンっと叩いた。

「本当に茉優は真面目だな。そんなんじゃ、いつかパンクするぞ」

 たしかに、言うとおりだと思う。けれど罪悪感を持ったまま先生と仕事をしたくなかったのだ。

「まぁ、〝いい加減な人〟っていうのは間違いじゃないからな」

「き、聞いていたんですね……申し訳ありません」
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