不埒なドクターの誘惑カルテ
 それからのことは、色々ありすぎて詳しくは覚えていない。私と先生も事情を知っているということで、女性と一緒に警察に向かい話を聞かれた。

 私は、先生から川城さんがストーカー被害で精神的に追い詰められていたこと。それをずっとフォローしてきたことを聞いた。

 彼女への接近禁止命令を破った犯人は、逮捕されることとなった。

 色々な手続が終わった警察からの帰り、時間はずいぶん遅くなっていた。

「悪かったな、巻き込んで」

「いえ。役にたったなら、それでよかったです」

 警察から一歩出た場所で、私は時間を確認しようとバッグの中のスマートフォンを探した。しかし見つからない。

「あっ」

「どうかした?」

「スマホ、現場に落としたまま……みたいです」

 あのとき夢中で投げ、道路に転がっていたのを確認した。しかし警察が来て、そっちに気を取られてすっかり自分のスマートフォンについて忘れてしまっていたのだ。

「取りに戻ろう」

 先生が私の手を引く。

「あ、でも遅いですし。タクシーで行くんで私ひとりで——」

「大丈夫だなんて、聞きたくないからな。ほら、行くぞ」

 私は手を引かれたまま、帰宅のために用意されていたタクシーに先生に押しこまれるようにして乗り込んだ。

 週末である金曜日。深夜にも関わらず街にはまだ人が行きかっていた。タクシーの中からそんな街並みを眺めていたけれど、意識はずっと違うところにあった。

 それはタクシーに乗り込んだ後も、ずっと先生に繋がれたままの自分の左手だった。

 ただ忘れているだけなのかもしれない。やんわりとそれを退けることもできるはずなのに、私にはそれができなかった。

 事件に巻き込まれて、心も体も疲れてしまっている。だからこそ、この手の温もりが心地よかった。

 会話はなかったけれど、その手の温もりが間違いなく私を癒してくれていた。

 BCビル近くの現場に到着し、タクシーを降りた。

 先ほど転がったゴミ箱は、お店の人がすでに綺麗に片付けたようだ。その近くを探してみるが、なかなか見つからない。先生も一緒になってさがしてくれていた。

「誰かが、拾って届けてくれたのかもしないですね。明日交番に聞いてみます」

「ちょっと待って」

 私が諦めかけたそのとき、先生が声を上げた。そして屈みこみゴミ箱と自動販売機の間に手を入れ何かをつかんだ。

「あ、それ私のです」

 水玉模様のケースは、擦り切れて汚れていたけれど間違いなく自分のものだ。しかしそれを手にした先生の顔は、残念そうな顔をしていた。

「これ」
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