不埒なドクターの誘惑カルテ
「いきなりデートだなんて……」

 自分で言葉にした〝デート〟という単語に恥ずかしくなり、ブクブクとお湯の中に顔をしずめた。

 先生はただなんとなく〝デート〟という単語を使ったに違いない。なのに、私だけこんなにアタフタするなんて、情けない。それもこれも私が彼を好きになってしまったことが原因なのだから、仕方ない。

 ここで思い悩んでも、スマートフォンも人質に取られてしまっている。明日は何があっても十七時には先生に会いにいかなくてはならないのだ。

 それならば、寝不足でひどい顔よりも少しでもマシに見えるようにしなくては。

 私はそんな必要もないのに、深夜のバスルームでいつもよりも念入りに体を洗い、お気に入りのボディクリームで体の隅々まで手入れを施した。

 無駄なことだとわかっていても、今日の私はこうやることで気持ちを落ち着けるしか方法がなかったのだ。



——翌日。

 昨日いつもよりも念入りに自分を磨いたのに、結局あのあとまったく寝付けずに朝方まですごした。結果目も当てられない顔の自分が鏡の中にいた。

「はぁ……」

 部屋の時計は十三時を指している。まだ時間はある。

 私はネットで顔のむくみを取る方法を調べて、必死でそれを実践した。恥ずかしい話、美容にはあまり関心がなかった。それこそメイクを落とすことさえ、面倒だと思う日もあったくらいだ。

 けれど今日は、こうやって綺麗になるための努力をすることも、なんだかワクワクした。

 〝デート〟という言葉の魔法にかかった私は、少しでも先生の隣にいても恥ずかしいと思われないように出来る限りのことをした。



 待ち合わせの時間よりも早く、会社の最寄り駅についた。いつもは早足で会社に向かうための道を歩くが、今日は時間かけてゆっくりと歩いた。

 街角のウィンドウに映る、自分の姿をチェックする。実は出かけるまでに、二度も着替えた。カジュアルすぎないように、でもあまり気合が入ったもので、変に思われても困る。

 結局はいつもよりも少しだけ華やかに見える、ターコイズブルーのワンピースを身に着け、カットワークが綺麗な白いサンダルを選んだ。

 それでも自信がなくて、こうやって何度も何度もチェックしてしまう。

 スマートフォンを買い替えに行くだけ……それだけなのに、何をこんなに色々悩んでいるの? 
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