不埒なドクターの誘惑カルテ
 頭を上げた私は先生の言葉に驚いた。

「これからが、本番だろ? 昨日俺が〝デート〟って言ったの忘れたのか?」

 まさか〝デート〟が本気だったなんて。

「あの、冗談だと思っていました」

 私の言葉に、先生はわざとらしく肩を落とした。

「俺が、あんなに勇気だして誘ったのに……」

「そ、そんな。いつもみんなを軽い感じで誘ってるじゃないですか」

「みんなを誘うのと、茉優を誘うのは全く別ものだろ。とにかく、俺はまだ帰すつもりないからな」

 そういうと、私の背中をゆっくりと押してBCビルの中へ向かう。

「あの、ここで食事するんですか?」

「え? ダメ。うまい天ぷら食わしてくれる店があるんだ。行こう」

 もう帰らなくてはいけないのだと、残念に思っていた私が先生の誘いを断れるわけもなく、私はうれしさを表にだしすぎないように気をつけて、先生のお勧めの店に向かった。



 先生に連れられて乗ったエレベーターは、いつも私が使うものとは違った。五十三階と五十四階に直通で向かうエレベーターだ。

 BCビルには六階と七階にもレストランがある。そこは数回、ランチや会社の飲み会で利用したりしたことがあったのだけれど、五十三階のお店ははじめてだった。

 それも仕方のないことだ。高級店とうたわれているそのフロアのお店は、私の給料で訪れるには敷居が高すぎる。

 誘われてうれしくて、ついてきてしまったけれど、本当によかったのだろうか?

 不安になる私をよそに、先生はご機嫌でさっきまで携帯ショップで流れていた有線の曲を鼻歌で歌っていた。

 かたや私は、まさか高級店に連れてこられるなんて思ってもみなかったので、自分の服装が気になって仕方なかった。我慢できずにエレベーターが到着する前に先生に尋ねた。

「あの、私……こんな恰好で入れるお店でしょうか?」

「ん? なんで。とっても可愛いと思うけど」

 お世辞だ……そうわかって居ても、思わず顔が赤くなってしまう。

「それに、今から行く店は、服装をそこまで気にしなくても平気だから」

 先生は大丈夫と言ったけれど、本当に平気だろうか? 

 五十三階に降りた途端、周りにいる人をみてますます場違いな気がしてきた。けれど、先生は一向に気にする様子もなく、どんどんと奥に進んでいった。

 そして最奥に到着すると、看板もなにもない引き戸を、ガラッと開けて中に入る。
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