不埒なドクターの誘惑カルテ
 顔をじっと見つめていました——なんてもちろん言えなくて、慌ててごまかした。

「わかった、お腹がすいたんだろ? ここの天ぷらは絶品だから。ほら、もうすぐ揚がる」

 私よりも、先生のほうがよっぽど楽しみにしているように見える。思わず笑ってしまった私の前に、揚げたてのエビの天ぷらが置かれた。

「熱いですから、気をつけてくださいね」

「はい。いただきます」

 塩で食べるか、大根おろしの入った天つゆで食べるか迷ったすえ、最初は天つゆにつけて口に運んだ。

 注意していたけれど、やっぱり熱くてハフハフしてしまう。サクッとした感覚の後エビの甘みが口に広がった。

「んー、美味しい」

 思わず目を見開いた私に、先生が満足そうな顔をする。

「だろ?」

「はい」

 先生の前にも同じように天ぷらが置かれた。それを美味しそうに頬張っている。

「ほら、旨いうちに食べないと、大将の機嫌が悪くなるから。食べて」

 先生にせかされるように、私は次々と揚げられる天ぷらを、しめの掻き揚げの天丼まで綺麗にたいらげたのだった。




「ごちそうさまでした。本当に、おいしかったです」

 大将に見送られて、店を出た私は上機嫌のまま先生にお礼を言った。

「よかった。あんなに美味しそうに食べてくれたら、大将も喜ぶ」

 デートだなんて緊張していたのに、おもわずお腹いっぱいになるまで満喫してしまった。少し反省している私の顔を先生が覗き込む。

「さて、もうすぐ十時だけど・・・・・・シンデレラが乗る終電までは俺に付き合ってくれる?」

 思いもよらない誘いに、私はふたつ返事をする。まだ、帰りたくない。もっと一緒にいたい。先生もそう思ってくれていることが何よりもうれしかった。

「では、どうぞこちらへ」

 まるで執事のようにうやうやしく頭を下げて、私に腕を差し出してくれた。私はプッと吹き出して、先生の腕に手を伸ばす。そしてそのままエスコートされ、五十三階の中央にある階段を登ると、目の前にはバーの入口があった。

……ここって、山辺さんが噂していたバーだ。

 アッパーフロアの社員たちが御用達——よって私たちミドルフロアの社員たちには敷居が高く、噂でしかその店の話を聞いたことがない。

 どこにでも切り込んでいく山辺さんがそういうのだ。きっと私なんかが行くと、浮いてしまうだろう。
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