不埒なドクターの誘惑カルテ
 まるで保護者のような先生のいいかたに、思わず笑ってしまう。

「大丈夫です。私も社交辞令かどうかぐらいはわかりますから」

「本当に? 素直だからすぐに騙されそうで、先生は心配だ」

 今度は急に先生面し始めた。大袈裟なその言い方がおかしくて、笑ってしまう。そんな私達と一緒に笑っていた及川さんが、改めて私に注文を聞いてくれた。

「あの、あまりアルコール度数が高くなくて、綺麗なカクテルがいいです」

「さっぱりしたのが好き? それとも甘いの?」

「今の気分は、さっぱり系ですね」

「了解。大輔はいつものでいいよな」

「おい、俺の注文は雑だな」

 先生の言葉を気にせずに、及川さんはカクテルを作り始めた。友達同士の気の置けない会話を楽しむ先生が新鮮で、ふたりの様子を眺めていた。

 だまって聞いているだけでも、新しい先生が発見できて面白い。

「お待たせしました」

 目の前に差し出されたのは、マリンブルー色のカクテルだった。上の方には白い泡が浮かんでいる。

「これは?」

「マリン・スノー。海に雪が降り積もったみたいに見えるでしょ?」

 言われてみればそうかも……。綺麗な色のカクテルは見ているだけでも、楽しませてくれる。

 少しして先生の前にも、カクテルグラスが差し出された。大きな氷が浮かぶ琥珀色の飲み物はおそらくバーボンだろう。

「今日、二回目の乾杯」

 先生の仕草に合わせて、私のグラスを軽く掲げた。

 グラスの淵に口をつけて、ゆっくりと一口目を味わう。泡の感触の後に炭酸が感じられる。

「これって、ビールですか?」

「ご名答。ビールとカルピス。少しソーダも入れているけどね」

「美味しいです。いくらでも飲めそう」

 私の言葉に及川さんが頭をさげた。

「お褒めいただき光栄です。二杯目以降は大輔のおごりだから、たくさん飲んでね」

「はいっ」

 元気に返事をした私に、束崎先生は「ほどほどでお願いします」と肩をすくめてみせた。

 三人で顔をみあわせて、笑った。

 ここに入るまでは、場違いだったらどうしようかと思っていたけれど、実際はすごく居心地がいい。変に騒ぐお客さんもいないし、みな各々の時間を楽しんでいる人たちばかりだ。

「なんか、もっと高級志向で、私みたいな庶民には楽しめない場所だと思っていました」

「まぁ、うちの店は客を選ぶから。俺の気に入らないやつは、追い出す。俺の店だからね」
< 31 / 58 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop