不埒なドクターの誘惑カルテ
ディスプレイには見知らぬ番号が表示されている。もしかしたら、知り合いからかもしれないと思い、私は通話ボタンを押した。
「もしもし?」
≪デート中に、他の男と楽しそうに話をするなんて、いい度胸だな≫
聞き覚えのある声に驚いた。
「束崎先生? どうされたんですか?」
「どうも、こうも。悪い子にはお仕置きしないとな」
「ひっ!」
さっきまで電話の向うから聞こえてきていたはずの声が、耳元で聞こえて驚いて声を上げた。その様子がおかしかったのか、先生は私の後ろでお腹をかかえて笑っている。
「茉優、大袈裟だって」
「もう、驚かさないでくださいよっ」
怒った私を見ても、先生は尚も笑い続けている。
「これ、俺のプライベートの電話番号。ちゃんと登録しておいて」
今までは、仕事用の携帯電話の番号に連絡をしていた。仕事しか一緒にしていないのだから当たり前だ。
しかしプライベートの電話番号を教えてもらったことで、今までとは違う関係になったような気持ちになった。
「では、シンデレラ。間もなく終電のお時間ですので、駅までお送りします」
恭しく頭を下げた先生が、私の手をとりスツールから下ろし、及川さんに軽く手を挙げると、フロアを後にした。
ビルを出て、駅までゆっくりと先生と歩く。いつもよりも近くに感じる距離は、きっと彼の素顔を垣間見たせいだと思う。
いつもは通り過ぎる景色も、隣にいる人が心寄せる相手だとまったく違うものに見えた。会話らしい会話もなかったけれど、私は夏の夜の蒸し暑い雑踏の中でも穏やかな心地よさを感じていた。
駅にあっという間に到着してしまう。もう少し遠ければよかったのに。
改札の前で足を止めて、先生と向き合う。
「今日は色々とありがとうございました。あの……楽しかったです」
「よかった。ちゃんと昨日の迷惑かけたことの、埋め合わせになった?」
「あ……はい」
〝埋め合わせ〟という言葉に、胸がチクリと痛んだ。浮かれていて忘れていたけけれど、そもそも今日の〝デート〟は昨日の事件の件で私に迷惑をかけたことの、単なる詫びとお礼だ。
最初からわかっていたはずなのに、寂しい気持ちになる。私は笑顔を作って、そんな気持ちがばれないようにした。
「遅い時間まで、つき合わせて悪かった」
「いえ。あの、スマホもありがとうございました」
「もしもし?」
≪デート中に、他の男と楽しそうに話をするなんて、いい度胸だな≫
聞き覚えのある声に驚いた。
「束崎先生? どうされたんですか?」
「どうも、こうも。悪い子にはお仕置きしないとな」
「ひっ!」
さっきまで電話の向うから聞こえてきていたはずの声が、耳元で聞こえて驚いて声を上げた。その様子がおかしかったのか、先生は私の後ろでお腹をかかえて笑っている。
「茉優、大袈裟だって」
「もう、驚かさないでくださいよっ」
怒った私を見ても、先生は尚も笑い続けている。
「これ、俺のプライベートの電話番号。ちゃんと登録しておいて」
今までは、仕事用の携帯電話の番号に連絡をしていた。仕事しか一緒にしていないのだから当たり前だ。
しかしプライベートの電話番号を教えてもらったことで、今までとは違う関係になったような気持ちになった。
「では、シンデレラ。間もなく終電のお時間ですので、駅までお送りします」
恭しく頭を下げた先生が、私の手をとりスツールから下ろし、及川さんに軽く手を挙げると、フロアを後にした。
ビルを出て、駅までゆっくりと先生と歩く。いつもよりも近くに感じる距離は、きっと彼の素顔を垣間見たせいだと思う。
いつもは通り過ぎる景色も、隣にいる人が心寄せる相手だとまったく違うものに見えた。会話らしい会話もなかったけれど、私は夏の夜の蒸し暑い雑踏の中でも穏やかな心地よさを感じていた。
駅にあっという間に到着してしまう。もう少し遠ければよかったのに。
改札の前で足を止めて、先生と向き合う。
「今日は色々とありがとうございました。あの……楽しかったです」
「よかった。ちゃんと昨日の迷惑かけたことの、埋め合わせになった?」
「あ……はい」
〝埋め合わせ〟という言葉に、胸がチクリと痛んだ。浮かれていて忘れていたけけれど、そもそも今日の〝デート〟は昨日の事件の件で私に迷惑をかけたことの、単なる詫びとお礼だ。
最初からわかっていたはずなのに、寂しい気持ちになる。私は笑顔を作って、そんな気持ちがばれないようにした。
「遅い時間まで、つき合わせて悪かった」
「いえ。あの、スマホもありがとうございました」