不埒なドクターの誘惑カルテ
第四章 それでも、これが恋だから
 第四章 それでも、これが恋だから

 その日の夜、残業を終えた私は勇気を出して五十四階に向かうエレベーターの中にいた。

 高速で変わっていく階数表示を見ていると、あっという間に到着した。

 ついこの間までの私なら、この階に足を踏み入れることさえ戸惑っていた。束崎先生につれてきてもらったときも、はじめは自分が場違いではないかと気にしていた。

 今だってそういう気持ちはある。けれど、そんなことがどうでもよく感じるほど、思い悩んでいた。

 どうしても先生のことが知りたい。こんなことはルール違反だとわかっていても私はこの気持ちを止めることができなかった。

 エレベーターを降りた途端に感じた、別世界観に一瞬ひるみそうになる。この間先生と一緒にいたときとは比べものにならないほど、おどおどしているのが自分でもわかった。先生が隣にいるだけで、心強かったんだと今になって思い知った。

 しかし私は一歩踏み出して、バーの扉をくぐる。「いらっしゃいませ」と耳に心地よい低めの声が店内に響いた。あの日と変わらない声を聞いて、カウンターの中にその人物の姿を発見し安心した。

 よかった・・・・・・いなかったらどうしようかと思っていたから。

 私はほっとして、カウンターに向かう。すると、私に気がついた及川さんが「どうぞ」とカウンターの端っこを案内してくれた。

 おそらく、こういった場所に慣れていない私に気を遣ってのことだ。先日の数時間の滞在で、おそらく判断したのだろう。

 私は彼の気遣いに感謝して、席に座った。

「ご注文は? それとも、今日も俺のおススメのにする?」

「はい。お願いします」

「かしこまりました」

 静かにそう言うと、お酒のボトルを手にして、流れるように作業をした。その優雅な動きをじっとみつめる。

 勢いでここまできてしまったけれど、どうやって話を切り出そうか・・・・・・。せっっかくここまで来たのに、肝心の勇気がでない。

「おまたせしました。ホワイトミモザです」

「ありがとうございます。いただきます」

 フルートグラスを手にとり、一口飲んだ。シュワシュワとしたカンカンが舌を刺激をまず感じ、そのあとグレープフルーツの酸味と苦みが口に広がる。さわやかな感じが、今の緊張をほぐしてくれるようだった。

「グレープフルーツと、シャンパンですか?」

「あぁ。ミモザはオレンジが一般的ではあるけれど、グレープフルーツもいけるでしょう?」

「はい。さっぱりしていておいしいです」

 それから、なんでもない話をした。接客業だからか、本人の素質なのだろうか、聞き上手の話し上手で、気負っていた私を徐々にリラックスさせてくれた。

「で、今日はどうしてここにきたの? 大輔のこと?」

「えっ・・・・・・?」

 いきなり切り出されて驚いた、私は顔をあげてまじまじと及川さんを見る。彼はそんな私を見て、口元をゆるめた。

「この仕事してたら、それくらいは分かるよ。あんなに思い詰めた顔でわざわざここに来るなんて、何か理由があるってことでしょ? 君が僕に話があるとしたら、大輔のことぐらいだろうし」

 全くその通り、言い当てられて面を食らった。私ってばそんなにわかりやすいのだろうか。

 しかし相手から切り出されたのは都合がいい。私は本来の目的である束崎先生のことについて、及川さんに尋ねた。
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