不埒なドクターの誘惑カルテ
第五章 恋の安全点検
第五章
「おはようございます。本社総務部の坂下です」
なるべく明るく大きな声で、事務所にいる人たちに声をかけ、笑顔を見せた。
あれから、気持ちを新たにした私だったけれど、あの日以来まだ先生に接触できていない。まぁ、決意したからと言って、すぐに思っている通りに行動できるわけではないのでありがたいと言えば、ありがたかった。
好きだから顔を見たい、けれど気持ちを押さえる自信がなくて、会うのが怖い。自分の中での矛盾に向き合う日々だった。
そんななか、部長に呼ばれて衛生委員会の話になる。どうも例の工場での残業時間や作業中の怪我が今期多発しているらしく、再度私も工場にむかって束崎先生と様子を見てきてほしいという内容だった。
日程はすでに総務部長が決めていた。工場側も束崎先生も了承しているらしく私もそれに合わせて出向くことになった。
久しぶりの先生との仕事だ。ここでしっかりした姿を見せて、以前のようにふるまわなければならない。
私はかたく決意をして、その日先生との約束の時間の一時間前にはすでに工場に到着していた。
「あれ? 束崎先生は?」
前回ここにきたときに、先生に満面の笑みを見せていた女性社員が私に尋ねた。「実は私が早く到着しすぎてしまって……先に色々と見させてもらっていいですか? 事前にチェックが入りそうなところは直しておきましょう」
巡回本来の目的は【職場環境を整えること】であって、粗探しではない。この機会に私が少しでも動くことで、巡回の目的が達成できればいいのだから。
私は事務所内を見て気が付いた小さな箇所の修正をした。荷台や脚立が通路を狭くしている箇所は、場所を移動して置き場所に張り紙をする。これだけで、ここが正しい位置だとわかるので、きちんと戻してもらえる確率がうんと上がる。
たるんでいたコードも、きちんと束ねてひっかからないようにした。床にかがみ作業をしていると、さっき出迎えてくれた女性社員が話かけてきた。
「ここより、問題は工場の倉庫なんだよね……実はずっと気になっていて」
「そうなんですかっ? 見せてください」
私は彼女からの積極的な発言に、うれしくなった。それまでどこか我関せずという感じだったのに、こうやって協力してくれている。これだけでも工場巡回の効果がでているのだと、感じられた。
「じゃあ、工場の倉庫で作業してきますね。前回気になったところも結構あったので」
「私も一緒にします。いいですよね? 工場長」
女子社員の言葉に、工場長は顔をあげるだけでなんの返事もしなかった。今日の態度も頑なだったけれど、ダメだとは言われなかったので私は彼女とともに工場の倉庫へ向かった。
「−−あぁ、これは結構……」
「ひどいでしょ?」
彼女がそういうだけあって、倉庫内はひどいものだった。棚におけなくなった荷物が床に置かれ、段ボールの中身が何なのかもわからない。
棚の上にも荷物が置かれているが、落ちそうになっているものや、棚が傾いている場所もあった。
「もう、何年もこんな状態なのよ。普段ほとんど使わない場所だから、整理する時間をわざわざとることなんてないし。そもそも工場長が『無駄な時間を使うな』っていって作業自体させてもらえないんだけどね」
「今日少しでも進めれば、今後どうやって運用していけばいいか道筋が決められますから、とりあえず中で作業をしましょう」
私は足元の荷物をよけながら、中に入る。しかし先へ進もうにもいたるところに荷物があって、邪魔だ。
「とりあえず、このあたりからやっつけましょうか」
「おはようございます。本社総務部の坂下です」
なるべく明るく大きな声で、事務所にいる人たちに声をかけ、笑顔を見せた。
あれから、気持ちを新たにした私だったけれど、あの日以来まだ先生に接触できていない。まぁ、決意したからと言って、すぐに思っている通りに行動できるわけではないのでありがたいと言えば、ありがたかった。
好きだから顔を見たい、けれど気持ちを押さえる自信がなくて、会うのが怖い。自分の中での矛盾に向き合う日々だった。
そんななか、部長に呼ばれて衛生委員会の話になる。どうも例の工場での残業時間や作業中の怪我が今期多発しているらしく、再度私も工場にむかって束崎先生と様子を見てきてほしいという内容だった。
日程はすでに総務部長が決めていた。工場側も束崎先生も了承しているらしく私もそれに合わせて出向くことになった。
久しぶりの先生との仕事だ。ここでしっかりした姿を見せて、以前のようにふるまわなければならない。
私はかたく決意をして、その日先生との約束の時間の一時間前にはすでに工場に到着していた。
「あれ? 束崎先生は?」
前回ここにきたときに、先生に満面の笑みを見せていた女性社員が私に尋ねた。「実は私が早く到着しすぎてしまって……先に色々と見させてもらっていいですか? 事前にチェックが入りそうなところは直しておきましょう」
巡回本来の目的は【職場環境を整えること】であって、粗探しではない。この機会に私が少しでも動くことで、巡回の目的が達成できればいいのだから。
私は事務所内を見て気が付いた小さな箇所の修正をした。荷台や脚立が通路を狭くしている箇所は、場所を移動して置き場所に張り紙をする。これだけで、ここが正しい位置だとわかるので、きちんと戻してもらえる確率がうんと上がる。
たるんでいたコードも、きちんと束ねてひっかからないようにした。床にかがみ作業をしていると、さっき出迎えてくれた女性社員が話かけてきた。
「ここより、問題は工場の倉庫なんだよね……実はずっと気になっていて」
「そうなんですかっ? 見せてください」
私は彼女からの積極的な発言に、うれしくなった。それまでどこか我関せずという感じだったのに、こうやって協力してくれている。これだけでも工場巡回の効果がでているのだと、感じられた。
「じゃあ、工場の倉庫で作業してきますね。前回気になったところも結構あったので」
「私も一緒にします。いいですよね? 工場長」
女子社員の言葉に、工場長は顔をあげるだけでなんの返事もしなかった。今日の態度も頑なだったけれど、ダメだとは言われなかったので私は彼女とともに工場の倉庫へ向かった。
「−−あぁ、これは結構……」
「ひどいでしょ?」
彼女がそういうだけあって、倉庫内はひどいものだった。棚におけなくなった荷物が床に置かれ、段ボールの中身が何なのかもわからない。
棚の上にも荷物が置かれているが、落ちそうになっているものや、棚が傾いている場所もあった。
「もう、何年もこんな状態なのよ。普段ほとんど使わない場所だから、整理する時間をわざわざとることなんてないし。そもそも工場長が『無駄な時間を使うな』っていって作業自体させてもらえないんだけどね」
「今日少しでも進めれば、今後どうやって運用していけばいいか道筋が決められますから、とりあえず中で作業をしましょう」
私は足元の荷物をよけながら、中に入る。しかし先へ進もうにもいたるところに荷物があって、邪魔だ。
「とりあえず、このあたりからやっつけましょうか」