不埒なドクターの誘惑カルテ
 救急箱から湿布を出して、赤くなった足首に貼ってくれた。

 ひんやりとした感覚に思わず、驚いてしまう。

「……っ」

「冷たかった? でも、いまのところ大事には至ってないみたいよね?」

「はい。捻挫みたいですね。軽く済んでよかった。私、こう見ても結構すばしっこいんですよ」

 少しでも私にけがをさせてしまったと思ってる彼女の気が軽くなるように、私は笑顔を見せた。実際あの事故の衝撃から考えれば、軽いけがで済んでいる。ラック以外のものがほとんど紙で、量もそれほど多くなかったからだろう。

 運のよさに感謝しなくては……。

「さ、これでオッケーと……」

 湿布の上から包帯を巻いてもらった。少し歩きづらいけれど、耐えられるくらいの痛みだ。

「とりあえず、事務所にもどらないと」

「はい」

 事故の報告を行わなくてはならない。痛む足をひきずって、私たちは事務所へ戻った。
 

「え? 誰だの声だろう」

 事務所の近くまでくると、開いている扉から誰かが怒鳴っている声が聞こえてきた。

 痛い足を気にしながら、急いで事務所の入り口に立つと、その声の主が誰だかわかった。

 普段怒号をあげることのない人だったので、わからなかったのだ。

「束崎先生……」

 驚きで足を止めた入口で、彼の名前が口から洩れたけれど、まだ誰も私たちが戻ってきていることに気が付いていない。

「どうしてあれほど、指摘を繰り返したのに受け入れなかった? こんな事故がおきてからじゃ、何もかも遅いんだっ!」

 いつもは温厚な束崎先生。そのすごい剣幕に事務所内の社員に加え、いつも態度の横柄な工場長までもがたじたじになっている。

「もし、彼女に何かあったら、俺はあなたを一生許さないからな」

 最後の脅し文句で、事務所内は一気に凍りついた。

 いったいどうしちゃったんだろう?

 そう思った瞬間、先生かこちらに気がついた。

「茉優っ! 大丈夫なのか?」

 その途端はじかれたように、私に駆け寄ってきた。

「えっ……」

 目の前に来た先生が私の顔を見るなり、強く私を抱きしめた。

 周囲が驚くのが空気でわかる。けれど、誰よりも驚いているのは私だ。

「茉優っ……よかった」

 ますます先生の腕の力が強くなる。私の存在を確かめるようなその強さに、私は何が起こっているのか理解が追いつかない。ただ、先生が私を心配してくれていることだけはわかった。
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