不埒なドクターの誘惑カルテ
「あの、先生……? きゃあ」

 戸惑いながら、声をかける。しかし、先生は返事をすることなく私を抱き上げてしまった。

「ちょっと、待って。あの……」

「病院に連れていきます。今日の巡回は別途日程調整させてください。あと、事故の報告書もこちらから提出してください。では」

 有無も言わせない強い態度の先生に、周りはあっけにとられたままだった。そして誰にも止められることなく、私を抱き上げたまま先生は駐車場に向かう。

 すれ違う人たちが、私たちを見て驚いた顔をして振り返る。恥ずかしくなった私は先生にお願いした。

「あの、歩けますからおろしてください」

「ダメだ。これから痛みが増してくるかもしれない」

「でも、まだ敷地内ですし——」

「いいから、黙って。こうやっていた方が、俺が安心するんだ」

 先生が安心?

 いったいどういう意味だろう? 医師としての責任感だろうか、やっぱり怪我をしている人や病気の人はほっとけないのかもしれない。

 いろいろと考えているうちに、すでに先生の車が目の前にあった。先生がロックをあけると、私を抱いたまま車のドアを開ける。

 結構力持ちなんだな……。

 こんな状況なのに、くだらないことが頭をよぎった。そしてそのまま助手席に優しく私を下した。そしてシートベルトを手に取ると、私に覆いかぶさるようにしてきた。

 その距離の近さに胸が音を立てた。

「あの、それくらいできますから」

「あぁ、じゃあ」

 先生は私にシートベルトを渡すと、扉を閉めてすぐに運転席に回った。私がシートベルトを締め終わるのを確認して、先生も自分のを閉めると、ゆっくりと車が動き出した。

 工場の敷地から出ると、車は会社の方へと向かって進む。病院っていったいどこの病院に行くつもりなんだろう。

 そもそもわざわざ先生が付きそうことなんてないのに……。

 いろいろと聞きたいけれど、真剣な顔でまっすぐ前を向いて運転をしている先生は、いつもと違って、話しかけづらい。

 結局私はだまったまま、ただ窓の外を流れていく景色を眺めていた。

 しかしだんだんと、様子がおかしいことに気がついた。そして車がとまったときそれは確信に変わる。

「あの、ここって……BCビルですよね?」

 普段は使わない地下駐車場だったが、間違いなくそうだ。
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