不埒なドクターの誘惑カルテ
「だったら、どうしてバーではあんな言い方をしたんですか? 関係ないって言われて……私がどれだけ傷ついたか」

 私の言葉に、先生が苦しそうな表情をした。

「すまなかった。あれは……茉優には知られたくなかった。真剣な恋をしないんではなくて、できなかったんだ。確かに彼女には未練はない。でもまたいつか本気で好きになった相手を救えなかったら、俺は本気で立ち直れなくなってしまう」

 思いつめたような先生の表情をみると、私まで胸が苦しくなってきた。

「だから、自分の中の茉優への気持ちをどうにかごまかそうとしていたんだ。こんな弱い俺を、茉優に知られたくなかった。俺の勝手で傷つけたこと、本当に悪かったと思っている。すまない」

 完璧だと思っていた先生、だけど彼も心の中では過去の自分と戦っていた。私はそんな彼だからこそ、余計に惹かれたのだと思う。過去の失敗を悔やむだけではなく、それを乗り越えるために、産業医として真摯に人と向き合っているのだ。

 先生だって完璧じゃない。だからこそ、きっと私は彼に惹かれてしまうんだろう。

 先生が膝をついて、私の手を握りなおした。

「どうしたら、あのときの俺を許せる? なぁ、茉優」

 乞うように見つめられて、私の目に涙がにじむ。そんな私の顔を、先生はじっとみつめていた。

「……しめて」

 声が掠れて、うまく声が出ない。私はもう一度言い直した。

「抱きしめて、ください」

 私が言い終わると同時に先生が、私を強く抱きしめた。それは私が思っていたよりもずっとずっと強い力で。

「こうやって、俺の腕の中にいてくれるってことは、茉優もまだ俺のことを好きでいてくれるって、思っていいんだろ?」

 先生の言葉に私は首を振った。

「えっ?」

 驚いた先生に言い返す。

「〝まだ〟じゃなくて、〝すっと〟好きです」

 どんなに冷たくされても、あきらめきれなかった恋。思いが通じた今、私も先生の背中に手をまわして、力を込めた。

「茉優には、かなわないな」

 笑顔になった先生。私もその顔を見て笑顔になる。

 抱き合った私たちは、お互いの気持ちを確かめあう。やがて、見つめ合った視線がお互いの意思を確認した。

 少しずつ近づく距離。私は自然に目を閉じて、彼の唇を受け入れたのだった。
 
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