不埒なドクターの誘惑カルテ
 長いキスが終わり、お互い照れ笑いを浮かべながら、診察台の上に並んで座った。そんなとき束崎先生が思い出したように言う。

「あ、言い忘れていたけど、茉優は今日入院してもらうから」

「へ?」

 さっきまでのロマンチックのかけらもない返事をしてしまう。

「でも、私。頭も強く打ってないし、足も明日にはきっと普通に歩けると思うんですけど」

「素人判断で大変なことになったら困る。もし夜中に急変したらどうするんだ?」 

 たしかに先生の言う通りかもしれない。けれどここはビル内のクリニック。当然入院施設なんてものはない。

「入院って、でもどこに? なんの準備もしてないんですけど」

「いいから、茉優は何にも気にしなくていい。全部俺に任せておけばいいから」

「はい。わかりました」 

 疑問はいくつかあったけれど、先生の言う通りにしておけばいい。このときの私は、思いが通じ合ったことがうれしくて、細かいことはどうでもよくなっていたのだった。



「ここ……で、入院ですか?」

 目の前に広がっているのは、思わずため息をもらしてしまうほどの豪華なホテルの部屋だった。

 先生にエレベーターに乗せられて、連れてこられたのは五十階にあるホテルの部屋だった。たしかスイートルームは一泊二百万とかいう噂だ。通常の広さの部屋だって、かなりのお値段がするに違いない。

 先生に座らされたソファで、初めて入る高級ホテルの部屋をキョロキョロ見渡している。ふと先生を見ると優しい笑顔でこちらを見ていた。

 ずっと見られていたことが恥ずかしくて、思わず目をそらした。

「どう? 束崎クリニックの入院施設は? ……といっても、入院患者は茉優がはじめてだけど。感想を聞きたいな」

「あの、素敵すぎてちょっと浮かれています」

 先生が手渡してくれた、ティーカップを受け取りながら答えた。淹れてくれた紅茶を一口飲むと、ほっと落ち着いた。

「気に入ってくれているなら、よかった。今日は一日ここでゆっくりすればいいから」

 先ほど会社には、大事には至らないことと、念のため今日は一日有給を取るという連絡もした。

 明日は土曜日だ。週末をゆっくりすれば、月曜からは仕事に差し支えないくらいには回復しそうだ。

 そこに部屋のチャイムの音が響いた。

「早いな」 

 先生が扉を開けると、ホテルの従業員がワゴンを押して入ってきた。部屋にいい匂いが漂う。
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