不埒なドクターの誘惑カルテ
「お腹すいてるだろうと思って、茉優の好きなものわからなくて、適当に頼んだけど」

  テーブルには、ローストビーフにリゾット、スープにフルーツ。そんなに広くないテーブルはすぐにいっぱいになってしまった。

 並べ終えるとホテルの従業員は「ごゆっくりおすごしください」と丁寧にあいさつをして、部屋を出て行った。

「ほら、早く食べよう」

「はい」

 椅子に座り、カラトリーに手を伸ばす。しかし私が手にする前に、先生が先に奪ってしまう。

「何するんですか?」

 この期に及んで、お預けするつもりだろうか。

「茉優は今日は入院患者だから、お世話は俺がする」

 そういうと、私の隣に椅子を引っ張ってきてリゾットを一口分スプーンに乗せた

「ほら、あーん」

 あーん……って。以前したのは小学生のときだろうか。とにかく思い出せないくらい昔だ。恥ずかしくて私は断る。

「あの、私がけがしたのは足で、手はなんともありませんから、自分で食べます」

「ダメ、患者さんは入院中は医師の指示に従ってください」

 あくまでまだ、〝入院〟というスタンスにこだわるようだ。私は思わず笑ってしまい、先生に従い大きく口をあけた。そんな私を見て、先生も満足そうにうなずくと、私の口にスプーンを運んでくれた。

「ん、おいしい」

 チーズの香りが口の中に広がる。お米はアルデンテで歯ごたえもたのしませてくれた。

「ほら、次はこっち」

 ナイフで切り取ってくれたローストビーフが、今度は差し出された。素直に口をひらくとすぐに差し出してくれた。

 私にご飯を食べさせているだけなのに、先生が満足そうなのはどうしてだろう。

 ……でも、いっか。私もなんだか楽しくなってきた。

 先生が表情で次に食べるものを聞いてくる。サラダを示していたが、私は首を振った。リゾットを指さした先生に、うなずいてみせるとすぐに口に運んでくれた。

 次は何をたべさせてくれるのか、楽しみにしていたら、先生は私が使ったスプーンでリゾットをすくった。

 当然私のもとに運ばれてくると思って、口をあけて待っていたけれど、先生はそれを食べてしまう。

「えっ……」

「悪い。あんまり茉優がおいしそうに食べるから」

 笑い声をあげる先生に、私は抗議した。

「それ、私の使ったスプーンなのに」

 しかし、先生は私の抗議を逆におもしろがった。

「さっき、あんなにすごいキスしたのに?」
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