不埒なドクターの誘惑カルテ
「なっ……それとこれとは、別というかなんというか」


 恥ずかしくて、頬が赤くなっているが自分でもわかる。それをごまかすように私は水を一口飲んだ。

「わかった。茉優は間接キスよりもちゃんとしたキスがいいってことだよな? 食事が終わったら、いっぱいしよう」

「ごほっ……ごほっ」

「おい、おい。大丈夫か?」

 思わず飲んでいた水を気管に詰まらせてしまった。

「もう、変なこと言わないでください」

「変? 俺は今も茉優にキスしたいと思ってる。これでも我慢してるんだけど。さっきのじゃ、全然たりない」

 さっきまでの楽しい雰囲気と、明らかに違う空気が流れる。私は思わず息をのんで、先生を見つめた。私を見つめるその目の中に、いつもと違う色香を感じた瞬間……私の唇は、先生に奪われていた。

「んっ……せ、先生」

 慌てて抵抗しようと、先生の胸を押す。するとすぐに距離ができた。

「何?」

「何って……まだ食事中です」

 しかし私の抗議など、まったく受け付ける気がないようだ。

「知ってる。だから、茉優を食べたい」

「そんなっ……ん」

 私の言葉を遮るように、先生はもう一度唇を寄せてきた。情熱的なキスにあらがうすべなど、恋愛をほとんどしていない私にはないも同然だった。

「ほら、あーん」

「いい子だね、茉優」

 開いた唇から、先生の舌が入ってきた。すぐに私の舌が絡めて取られてキスの密度が増していく。

 先生のこと以外、何も考えられなくなってしまったころ……先生が「ベッドに行こう」と言った。私はそれに静かにうなずいたのだった。


 いくら広い部屋だといっても、抱きかかえられてすぐに目的地に到着した。今日は何度もこうやって先生に運んでもらったけれど、これまでとは違う気持ちが胸の中に渦巻く。

 それは緊張とはずかしさ、それから恋しさだった。私ももっと先生と近づきたい。この思いは確かだった。

 ベッドがギシリと音を立てた。いつもならまったく気にならないその音が、妙に脳内に響く。それだけ緊張しているということだろうか。

「本当なら、今日みたいな日はやめておいた方がいいんだろうけど……ごめん、止められそうにない。医者失格だな」

 そう自嘲気味に笑う、私の覆いかぶさっている先生の頬に手を添えた。

「私は大丈夫ですから、それに今は先生じゃないですよね。束崎さん」

「そこは、大輔って呼んでほしいな」
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