不埒なドクターの誘惑カルテ
実は私は大学生のときに、初めてできた彼にこっぴどく振られた経験がある。彼はものすごく、整った顔をしていて明るく人気者だった。それゆえに、どこか行動が軽率なところがあったが、付き合っているときはそんなこと気にもしてなかった。自分がひどい振られ方をするまでは。
それを以前いた営業所にいた、パートのおばちゃんについうっかり話をしてしまい、こうやって総務部長の耳にまでとどくようになってしまったのだろう。
「とにかくっ! 束崎先生レベルの人になると普通の子だとすぐに好きになっちゃって、仕事しなくなると困るからね。やっぱり労務の担当は坂下さんしかいないんだよ。これからも、頑張ってね」
どんっと私の背中を叩いた後、部長は自分のデスクに戻っていった。その後、山辺さんの質問攻めが始まりそうになる。
「あの、イケメン嫌いになったのってどうしてですかぁ? 興味あるなぁ」
ものすごく聞きたそうだが、もしここで話をしてしまうとあっという間に社内全体に、話が面白可笑しく広がってしまうだろう。
「ごめんね。仕事溜まってるから」
苦笑いをして、会話を遮るように私はスリープ状態だったパソコンにパスワードを入れた。山辺さんは仕事に取りかかった私に不服そうにしたけれど、彼女も自分の仕事に取りかかったようだ。
『イケメン嫌い』の話は言ってしまえば、たいしたことはない話だ。田舎にいた中学、高校と女子校で積極的に男性との出会いを求めてこなかった。部活の陸上に明け暮れていたし、周りも皆同じような感じだった。
それはそれで楽しかったのだけれど、大学入学とともに東京に引っ越してきて周りが一変した。周りがすごく大人っぽく見え、そして自分もそれに追いつかなければと必死になった。今から考えれば、それ自体がもうすでに子供の考えなのだと分かる。でもそのころの私は、それがた正しいのだと思っていたのだ。
テニスサークルに入って、そこで出会った先輩と言われるままつき合うことになった。初めての彼氏に浮かれてはしゃいだ。皆に憧れられている先輩はかっこよくて、明るくて、男女共に慕われていた。少しいい加減なところもあると思っていたが、そんなことは全く気にしていなかった。彼のひどいセリフを聞くまでは。
『いつもと毛色の違う子とつき合って見ようと思ったけど、マジでアイツつまんないんだよね』
彼の言葉だと信じたくなかった。しかし、それは現実で、その一週間後には別の女性と校内を歩く彼を見る羽目になった。
それからと言うもの、男性とのそういったつき合いが苦手になってしまった。ことにその男性の顔が整っていれば整っているほど、そして何でも軽く済ませるような男性であれば特に、私は苦手になってしまったのだ。
束崎先生はまさに、その〝ドンピシャ〟なのである。
外見で人を判断してはいけない。そんなことは私も重々承知している。けれど過去のトラウマが私を縛り付けていた。
まぁ……自意識過剰って言われれば、そうなんだけどね。
「はぁ」
誰にもばれないように、小さなため息をついた。思いだしたくない過去を振り返ってしまった。
それもこれも全部あの、いい加減な束崎先生のせいだ。
完全にお門違いな八つ当たりをしながら、私はたまっている未処理のファイルから書類を取り出し、職場巡回で浪費した無駄な時間を取り戻そうと躍起になった。
それを以前いた営業所にいた、パートのおばちゃんについうっかり話をしてしまい、こうやって総務部長の耳にまでとどくようになってしまったのだろう。
「とにかくっ! 束崎先生レベルの人になると普通の子だとすぐに好きになっちゃって、仕事しなくなると困るからね。やっぱり労務の担当は坂下さんしかいないんだよ。これからも、頑張ってね」
どんっと私の背中を叩いた後、部長は自分のデスクに戻っていった。その後、山辺さんの質問攻めが始まりそうになる。
「あの、イケメン嫌いになったのってどうしてですかぁ? 興味あるなぁ」
ものすごく聞きたそうだが、もしここで話をしてしまうとあっという間に社内全体に、話が面白可笑しく広がってしまうだろう。
「ごめんね。仕事溜まってるから」
苦笑いをして、会話を遮るように私はスリープ状態だったパソコンにパスワードを入れた。山辺さんは仕事に取りかかった私に不服そうにしたけれど、彼女も自分の仕事に取りかかったようだ。
『イケメン嫌い』の話は言ってしまえば、たいしたことはない話だ。田舎にいた中学、高校と女子校で積極的に男性との出会いを求めてこなかった。部活の陸上に明け暮れていたし、周りも皆同じような感じだった。
それはそれで楽しかったのだけれど、大学入学とともに東京に引っ越してきて周りが一変した。周りがすごく大人っぽく見え、そして自分もそれに追いつかなければと必死になった。今から考えれば、それ自体がもうすでに子供の考えなのだと分かる。でもそのころの私は、それがた正しいのだと思っていたのだ。
テニスサークルに入って、そこで出会った先輩と言われるままつき合うことになった。初めての彼氏に浮かれてはしゃいだ。皆に憧れられている先輩はかっこよくて、明るくて、男女共に慕われていた。少しいい加減なところもあると思っていたが、そんなことは全く気にしていなかった。彼のひどいセリフを聞くまでは。
『いつもと毛色の違う子とつき合って見ようと思ったけど、マジでアイツつまんないんだよね』
彼の言葉だと信じたくなかった。しかし、それは現実で、その一週間後には別の女性と校内を歩く彼を見る羽目になった。
それからと言うもの、男性とのそういったつき合いが苦手になってしまった。ことにその男性の顔が整っていれば整っているほど、そして何でも軽く済ませるような男性であれば特に、私は苦手になってしまったのだ。
束崎先生はまさに、その〝ドンピシャ〟なのである。
外見で人を判断してはいけない。そんなことは私も重々承知している。けれど過去のトラウマが私を縛り付けていた。
まぁ……自意識過剰って言われれば、そうなんだけどね。
「はぁ」
誰にもばれないように、小さなため息をついた。思いだしたくない過去を振り返ってしまった。
それもこれも全部あの、いい加減な束崎先生のせいだ。
完全にお門違いな八つ当たりをしながら、私はたまっている未処理のファイルから書類を取り出し、職場巡回で浪費した無駄な時間を取り戻そうと躍起になった。