呪われ姫と強運の髭騎士
 薬草園の渡り廊下を通り、真っ白な壁で囲まれた広い玄関の先の、重厚なウォール素材の観音扉が開いていた。
 
 そこから覗くのは、美しく形作られた馬車。

(こんな馬車に乗るのは、お父様やお母様がまだ生きていらっしゃった時以来だわ)

 国王が後見人になるほどの莫大な財を持つ公爵家の娘のソニアだが、長い修道院生活で質素・倹約がすっかり身に付いてしまっている。
 懐かしさと嬉しさで足が地についていないみたいだ。
 
 ――馬車のことより

(セヴラン様は今、どのようなお姿になっているのかしら?)
 
 家族の葬儀以来、手紙のやり取りだけだ。
(セヴラン様は私のこの姿を、気に入って下さるかしら?)
(綺麗、とまで言われなくても可愛い、位は言ってくださるかしら?)
 
 ――いえ、その前に今の私の姿を見て、想像と違うとガッカリされないかしら?
 
 緊張と不安と、久しぶりに合う初恋の人との再会に、ソニアの小さな心の臓は大きな音を立て限界まで跳ね上がっている気がする。

(落ち着いて、落ち着くのよソニア)
胸がバクバクし過ぎている。それはどちらかと言えば恐怖に近付いている――そんな錯覚に囚われる程に。

(何なのかしら? 冷や汗?)
 暑くないのに、背中に汗をかいていることにソニアは驚いていた。
 
 ――会いたくない
 
 ふ、と脳裏に浮かんだ拒絶の言葉を慌てて振り払う。
 
 玄関扉から出る一歩前、脇に控えていた男が一人ソニアの前に出る。
 
 そうして男は微笑みを浮かべ、恭しくソニアの手をとると腰を下ろした。

「――?」
 
 どこかで見たことがある顔――でもセヴランではない。
 目の前で厳かに自分の手をとる男は、どう見ても中年だ。

 中年、おじさん、親父、おっさん――
 
 そして

「迎えに上がりました。私の花嫁」
 
 そう、ソニアを見つめるおっさんの顔は髭面だった――。

「キャアアアア―――――― !」



 ソニアは、修道院全域に響く叫び声を上げて卒倒したのだった。




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