呪われ姫と強運の髭騎士
「嫌だわ」

 
 カトリーヌが、フフ、と含んだ笑いをしながらソニアを見つめ返してきた。

「遊び、だからでしょう?」
「……えっ?」
 
 その答えにソニアは今一度、聞き返すような声を出した。

「放してくださらない?  わたくしが貴女の手を払うのは貴族社会上、無礼にあたるので」
 
 ソニアはその冷たい口調に威圧されて、彼女の腕から手を離す。
 
 カトリーヌはドレスの裾を掴むと、いかにもぞんざいに形式上仕方なくと言わんばかりに、ソニアにお辞儀をした。

「ソニア様、ですよね?  クレア家最後の後継者の……。わたくし、カトリーヌ・ド・シャリエと申します。これでも夫がいる身ですのよ」
 
 ――夫?

「既婚者なのに……? セヴラン様と……?」
 
 ソニアは重なる衝撃に、もはや頭の回路が切れそうだった。
 
 ただ、考えもなしに言葉が口から漏れる。

「だから、遊びだと申し上げているでしょう?  夫以外の方と擬似恋愛を楽しむのですわ。独身にかえって将来を誓ったり、また、結ばれぬ恋に身を委ねてみたり、はたまた一夜の情事に浸ってみたり」
「そんな……! 神の御前で誓った相手以外の方とそんなこと……!  許されるはずが!」
「許すも許さないも、わたくし達貴族の子女は、結婚前には自由に結婚相手も選べないのよ? 自由に愛してはいけないの。愛していない者同士が、神の前で愛を誓う方が許されないと思わなくて?」
「――それは……」
 
 口をつぐんだソニアを囲むように、カトリーヌはゆるりと歩く。
 
 何も知らない少女だと、馬鹿にした態度だ。

「修道院に長くいらっしゃったようだから、世間のことは疎いようですわね。ソニア様、何をするにも世の中、お金がかかりますのよ?  特に男女の成さぬ仲には金は大事ですの。お互いに楽しみたいじゃありませんか、遊戯も賭博も恋愛も。セヴラン様もそうお考えなのですよ?」
 
 カトリーヌの手がソニアの肩に触れる。
 
 ねっとりした、吸い付かれそうな感触にソニアはひくついた。
「わたくしが色々とお教えしましょうか?  クレア家のソニア様? どうせなら楽しみましょう。有り余る財をお持ちなのですから、わたくしが有効な遊びをお教えいたしますわ。――セヴラン様とご一緒に」
 
 カトリーヌの、真っ赤な紅を引いた唇が優雅に上がる。




「――シャリエ夫人!  ソニア様とお近付きになりたいのなら、まず夫君と共にパトリス王にお伺いをお立てください」

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