反逆の騎士長様
すると、おばあさんは苦笑しながらロッド様に答えた。
「私の他に、青年が一人いるだけなんです。
お客が来なくなったせいで、従業員を雇うお金がなくなってしまったんでね。」
えっ!
ということは、たった二人で旅館を切り盛りしてるってこと?
その時、部屋の外から音が聞こえてくることに気がついた。
カーン!カーン!
ちらり、と微かに開かれた障子の向こうから窓の外を見ると、視界の端に斧を手にした青年の姿が見えた。
気候がだんだんと暑くなっているにも関わらず、彼は首まですっぽり隠れるほどのハイネックの服を着ている。
カーン!カーン!
斧を振り下ろす度に響くその音は、山の木々に反響するように広がっていった。
「…今の時代に魔法を使わずに薪割りをするなんて、大変でしょう。
しかも一人で。」
アルが窓の外を見ながらそう言うと、おばあさんが頬に手を当てながら答える。
「確かに、彼には色々と頼んでいますが…、それが彼の仕事ですからね。お客様はお気になさらずに。
…まったく。お客様に見えないところで仕事をするように言い聞かせているのに…。」
おばあさんは、微かに開かれていた障子を、スッ、と閉めた。
おばあさんの細められた瞳に藍色の光が灯った気がしたが、おばあさんはすぐに、にっこりと微笑んで私たちを見た。
「では、私はこれで。
温泉の準備を整えておきますので、お食事の後にごゆっくりどうぞ。」
…トッ。
おばあさんは静かな足音とともに私たちに一礼をして部屋を出て行った。
私は、言いようのない違和感のようなものを感じていたが、それは目の前の豪華な食事の匂いによってかき消されてしまった。
…きっと、私の思い過ごしだ。
最近は平和な日々を送れていなかったから、妙に感覚が鋭くなっているだけかもしれない。
あのおばあさんは、私達に宿を貸してくれるいい人なんだもんね。
笑顔が仮面のようだった、なんて私の考え過ぎに違いない。
私は、頭を切り替えるようにして、料理を口に運んだ。
閉められた襖を見つめ、ロッド様は微かに眉を寄せていたのだった。