反逆の騎士長様
すると、戸惑ってしまった私の様子を見たアルが、苦笑をしながら立ち上がった。
「ごめんね、困らせるつもりは無かったんだ
…そうだ。ここに来た本来の目的を忘れてた。」
アルは、話題を変えるようにそう言って部屋に置いてあった荷物を肩にかけた。
「そろそろ出発しようと思って、セーヌさんに伝えに来たんだ。
着替えが済んだら、旅館の前に来てくれるかな。」
えっ!
私は、それを聞いて急いで布団を這い出た。
アルは、くすり、と笑いながら部屋を出て行く。
「焦らなくていいからね。
じゃあ、また後で。」
…トン。
襖が閉まった瞬間、無意識のうちに張っていた気が緩まった。
一人残された部屋の中で、私はアルの出て行った襖を見つめたままでいる。
頭の中に響くのは、先ほどのアルの言葉だった。
“ロッドに“情”が移ることはなかったの?”
私は畳の上に置いた手のひらを、ぎゅっ…、と握りしめた。
…“情”なんて、存在しない。
いくら触れ合ったとしても、心は一線引いたところに置かなくてはいけない。
“相手に特別な感情は持たない”
それがロッド様と結んだ“契約”なんだから。
私が、破るわけにはいかない。
私は小さく息を吸い込んで、心に生まれた靄をかき消すように出発の準備をし始めたのだった。
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ギシギシギシ…!
カバンを抱え、私は駆け足で宿屋の廊下を進む。
足を踏み出す度に、軋む音が辺りに響いた。
玄関の先に三人の姿が見えた瞬間、私は彼らに声をかけながら進む速度を上げた。
「お待たせしてごめんなさい…!
忘れ物はない……………」
と、彼らの背中に追いつき、目の前を見た
その時だった。
三人の前に、白髪のおばあさんがいるのが見えた。
それは、確かに宿屋の主人である“あの”おばあさんだ。
「っ?!ジャナル大臣?!」
私は驚きのあまり、裏返った声でそう叫ぶ。
ど、どういうこと?!
また私達を捕まえる為になりすましてるの?!
すると、それを聞いたアルが、ふっ!と吹き出して私に言った。
「セーヌさん、落ち着いて。
この人は本物の宿屋のおばあさんだよ。」
え?!
私が目を丸くすると、アルの横にいたラントが私に向かって言葉を続けた。
「ジャナルが魔法をかけて倉庫に閉じ込めてたんだよ。
昨日、ロッド団長と助け出したんだ。」
!
そうだったんだ…!
すると、おばあさんは私にゆっくりと近づいて、優しげに笑みを浮かべながら口を開いた。
「あなた方のお陰で助かりました。おもてなしが出来なくてごめんなさいね。
次にいらした時は、うんとサービスさせていただきます。」