【B】眠らない街で愛を囁いて
俺には……物心ついた時から、人には視えないものが視えるらしかった。
現実のものと、視えざる者の境界線がなく、
一つの情報として捉えてしまう、厄介な体質で何度も疎ましがられた。
誰にも理解されない、自分一人で向き合い続けないといけない現実。
夜、眠り始めると重苦しさで目が覚める。
目を開けると、見知らぬ存在が俺の首を絞めている。
そんな恐怖が幾日も続いたころから、夜の眠りが怖くなった。
それ以来、殆ど睡眠をとらないまま、疲れたら気絶するように短時間の眠りにつくのが
俺自身の習慣になっていた。
視えざるものを視てしまうその力は、
時として俺の現実の予定を狂わして、迷いの狭間へと縛り付ける。
だけどあの日出逢ったた少女、かなめちゃんに会った日から数日は
毎日のように苦しめられる、視えざる者の誘惑に干渉されることはなかった。
彼女はいったい、何者なんだろう。
彼女の住所や苗字も聞いておけばよかった。
今となって望んでも、後の祭りだ。
あの時は、彼女の存在がこんなにも尾を引くものだとは思えなかったから。
パソコンのキーボードをタイピングしながら、
プログラムを打ち込んで保存ボタンを押すと、
氷の溶けかけたアイスコーヒーが入ったコップへと手を伸ばし、
ゆっくりと口に含んだ。
酸っぱすぎず、苦すぎず、口当たりがマイルドな香りのいいコーヒーが、
鼻腔をくすぐっていく。
そんなコーヒーを楽しんでいると隣にスーツ姿の男が着席する。
「千翔、今日もここにいたのか?」
そう言いながらカウンターの隣の席に着席して、
コーヒーを飲み始めるのは、千凱【かずよし】兄。
俺の一番上の兄貴。
なんでこんな名前にしたんだか、
俺たち兄弟は親父の名前の一文字【千】の字をそれぞれに抱きながら、
三人とも読み方は別々だった。
長男の千凱兄。
次男の千暁兄。
そして末っ子の俺、千翔。
周囲の奴からは、読めねぇーなんてずっとクレームものだった。
「凱【よし】兄、暁【あき】兄は?」
「あぁ、暁【あき】は今頃、54階だろう。
なんだったら、顔出してみるか?」
そう言う兄貴に「いいやっ、今日は飲めそうにないし」っと、
お誘いを断る。