【B】眠らない街で愛を囁いて


「そうかっ。
 ってお前、顔色悪いぞ。
 
 この間、新幹線に乗り遅れて、挙句、夜行バスにも置き去りされたんだろ。
 暁【あき】に聞いたぞ」



その言葉に俺は、飲みかけていたコーヒーを吹き出しそうになる。
何とか噴出さずに済んだものの、その直後に咽【むせ】始めて暫く落ち着くまでに時間がかかってしまった。



そのまま長い指先が額へと伸びてくる。


「熱はないようだな……」


そう言って呟く凱兄に「子供じゃねぇって」っとぼやきながら、
最後の一滴までコーヒーを飲み干すと、座席を立ち上がった。




「もう少しオフィスで仕事をして帰って寝るよ」



そう言うと、俺はカフェを後にした。


カフェから階段で1階に降りた俺は、
アッパーフロア専用のエレベーターに乗り込んで、
そのままIDカードをかざして、オフィスのある階へと向かう。



最先端の防犯技術を駆使したこのビルは、
機密フロアは、IDカードと指紋と網膜認証で登録している人のみ、
その階のドアが開くようになっている。


エレベータに乗り込んでまず最初にすることは、
止まる階数を告げるIDカードを順番に専用の差込口に挿入して読み込ませること。

そのデーターを読み取って、止まる階数が順番にランプで表示されていく。
その後は、降りる際にエレベーターのドアの一歩出たところに設置されている、セキュリティーゲートで
指紋認証と網膜認証を受けて、初めてその機密フロアへと入ることが許されている。


何時もと変わらない手続きを終えて、アッパーフロアの俺のオフィスへと到着すると、
オフィスの一番奥に設置していた俺の部屋の灯りつけた。



透明なガラスから階下のイルミネーションを眺める。
忙しなく走り続ける車を、ぼんやりと視線で追いかけながらため息を吐き出した。



今夜はどれくらい眠れるだろう。



眠るにはまだ少し、何かをしないといけないな。


そんなことを考えながら、デスクに向かって大学の教材を広げる。

膨大な字列を視線で追いかけるうちに、
その日もいつの間にか、気絶するように俺自身の一日を終えていく。





疎まれた力は、今も俺をこの苦しみから解放してくれない。

何時まで、俺はこの時間と向き合い続けるのだろう。

果てしない答えのない問いかけが、
今もずっと広がり続ける。



< 16 / 90 >

この作品をシェア

pagetop