【B】眠らない街で愛を囁いて


「おはようございます。

 今日からこちらのお店でお世話になります、名桐と申します。
 責任者の方はいらっしゃいますか?」


レジで作業していた女性スタッフさんに声をかけると、
すぐに責任者らしき人が事務所から姿を見せた。


「あぁ、君が名桐さんね。
 オーナーから話は聞いてるよ。どうぞ、事務所へきて」

促されるままに事務所のドアを開けて、丁寧にお辞儀をして中に入る。


「制服は研修の時に一着貰ってるよね。
 はいっ、こっちは予備の制服ね。

 まずは更衣室に案内しないとね。

 永橋【ながはし】さん、ちょっといいかい」


そう言うと、さっきまでレジで作業していた最初のスタッフさんが事務所へと姿を見せる。


「名桐さんを更衣室に案内してもらえるかな」

「わかりました。店長」


その言葉の後に、私はコンビニの店舗から少し離れた別室の更衣室へと案内される。

そこで荷物をロッカーに入れて、必需品のみ透明な手提げに入れると、制服に袖を通して
再び事務所へと戻る。


そこでこの店舗の名前が入った名札を受け取ると、
ようやく出退勤の作業を行った。



二人きりになった事務所で、店長は私の気持ちを確かめる様に思いがけないことを言い始める。



「名桐さんは、このビルの噂を知っているかね」

「噂ですか?」

「あぁ。このビルの噂だ。

 このビルのミドルフロアには年収1000万のイケメンたちがいるとか、
 アッパーフロアには、年収4000万以上のイケメンがいるとか、
 根も葉もない噂だよ」



はっ?

何、その噂。
あまりにも現実的な噂じゃなくて、かえって怪しさすら覚える。


「そんな噂があるんですか……。初めて聞きました」

「君はそんな噂を聞いてどうする?」

「別に。今の私にはあまりにも非現実的ですから。
 別次元の生活すぎて、想像もつきません」

「そうか……それを聞いて安心したよ。
 突然、こんなことを聞いてすまなかった。

 ここ何人かが、その噂を耳にしてそういう人たちとの出会いを夢見て募集してきた子が続いてね。
 すぐにビルの社員さんと揉め事を起こして、退職してもらうことが続いてね。

 そうかそうか、君のような子だったら私も安心できそうだ。
 仕事に励みなさい」



そんな店長のお言葉で締めくくられて、私はその日からB.C. square TOKYOの二階にある職場で働き始めた。



一緒に今日シフトに入ることになったのは永橋織笑【ながはし おりえ】さん。

同い年。
しかも話を聞いてびっくりしたのは、同じ大学の同じ学部だったってこと。


永橋さんは私のことを知ってるのに、私は彼女の存在を記憶していなかったと言う失態。


日々の生活にいっぱいいっぱいで、大学生活をエンジョイする余裕なんてない。

化粧もばっちりメイクでバイトをしてる永橋さんを眺めながら、
基礎化粧品はしてきたけど、ファンデーションすらしていない私の女子力のなさを突き付けられる。


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