【B】眠らない街で愛を囁いて


丁寧に接客していく彼女の顔から、視線を胸元へと下げていくと名札を見つけた。



顔写真入りの名札には、名桐叶夢の文字。
その時、初めて『かなめ』の名前が、叶夢であることを知った。





なんだよ……これじゃ、灯台下暗しだったってわけじゃないか。


探して求めていた彼女は俺にとって、
こんな身近な場所に存在したじゃないか。




ホッとしたような思いと共に心の中、
何処か人生なんてこんなものなんだと、冷めた感情も吹き抜けていく。




彼女を探し続けて1ヶ月が過ぎようとしている、
ゴールデンウィーク初日の出来事だった。



探し人が見つかったことに安堵した俺は、
忙しそうにレジでお客さんの対応をし続ける彼女を背に、
本来の目的である買い物をしようと、フロアをぶらつく。


栄養ゼリーや栄養ドリンク。


缶コーヒーやガムなどを籠の中に入れて、
デザートコーナーに並んでいるシュークリームとプリンを2つずつ手に取る。


そのまま彼女が接客するレジの最後尾へと並んだ。


一人、また一人と接客対応が過ぎていく。

この店の少しは隙間なのか、幸いにもあれほど前で混雑していたレジだが、
俺の後に続いている存在は居ない。




「いらっしゃいませ。
 お待たせしました、お預かりします」


そういって、俺の買い物籠の商品を順番にスキャンしていく彼女。
そんな彼女に、俺は「こんばんは」っときっかけを作る様に声をかけた。


突然、声をかけた俺に彼女は接客の手を少しゆっくりとして、
スーっと俺の顔を確認するように視線を向けた。

そして驚いたような表情を浮かべる。



「こんばんは。
 ここで働いていたんだね」

続いて、きっかけを維持したくて言葉をかける。


「あぁ、夜行バスの人だ……」


彼女は、ぼそりと呟くように言葉を漏らす。


夜行バスの人かっ……。
それでも、彼女の心の俺の存在が残っていただけでも今はよしとしないといけないか……。



「夜行バスの人か……。確かに、浜松のサービスエリアでは困っていたところを助けていただいて有難うございました。
 俺の名は、泉原千翔っていいます。

 あれからお礼がしたくて、別れたインターチェンジに何度か向かって君を探してみたんだけど、
 見つけることが出なくて、ずっと気になってたんです」


どさくさに紛れて、自己紹介まで告げてしまう。



先ほどまで、お客様が居なかったのに無情にも並ばれてしまった為、
雑談は中断して、彼女は義務的に接客の続きを始めた。


「お会計12点で1256円です」


問われるままに「支払いはIDで」って短く伝える。

そしてその後にも「悪いけど、袋を2つに分けて貰っていいかな」っと言葉を添えて、
先ほど手にした2つ手にしたうちのシュークリームとプリンを別の袋へと分けてもらう。


レジ袋の取っ手を持ちやすいように俺に向けた彼女に、

「これはとりあえず俺からのお礼。改めて、時間を見つけてあの時のお礼はさせて貰うから。
 じゃっ、お仕事頑張って」

っと平然を装って、コンビニを退室していく。



少し戸惑っていた彼女の「有難うございました。またお越しくださいませ」っと言う決まり文句が、
俺の背中に届いたのはワンテンポ遅れてのことだった。

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