【B】眠らない街で愛を囁いて
「叶夢、さっきの人はアッパーフロアのIT関係の会社を経営してる、
泉原千翔さん。
確か彼は大学生だって、お姉ちゃんが言ってた。
大学でも凄く人気で、中学校の時とかに最年少で何かの賞をとって、
高校生の時から今のビジネスを企業したって言う噂がある人よ。
ここで働いてるOLさんたちも、ターゲットにしてる人多いって話。
そんな泉原さんが、どうして叶夢に気軽に話しかけてくるんですか?」
最後の文章は、すこーし含みのあるスローテンポで織笑は問いかける。
織笑の話を聞きながら私は私が知る「泉原さん」のイメージと全くそぐわないのにびっくりした。
「あの人、そんなに凄い人だったんだ」
っと言葉を零しながら、私の脳裏に浮かぶのは、夜行バスにおいてかれて、
愕然とうなだれてた頼りない姿。
多分、本当のことを話すのは……織笑のイメージを崩しそうだし、
そんな噂が出てる彼なら、彼のためにもマイナスイメージは払拭しないといけないよね。
そんな風に考えた私は出来事を事実とすり替えて織笑に伝えた。
夜行バスに置いて行かれて浜松のサービスエリアでうなだれてたところを助けたのって言うのは、
あまりにも可哀そうすぎるような気がして、浜松のサービスエリアで、彼が落とし物をしたときに偶然居合わせて、
落とし物を返したのがきっかけなのだと織笑には伝えた。
「何それっ、凄く羨ましい。
そうやって浜松のサービスエリアで彼の落とし物を拾ったのが縁で、
あんなイケメン、中世の王子様っていっても過言でもないルックスの、
泉原さんが叶夢を探してたってわけ?
しかも私、ちゃんと聞いたわよ。
また改めてお礼は後日って……。
もー、羨ましいんだから。
叶夢に、先越されそうじゃない。
玉の輿だよ、玉の輿。
この恋するビルに集う何人もの王子様に、見初められて幸せなゴールを夢見る女性たちが
多いって言うのに……」
そう言うと織笑は、喉が渇いたとでも伝える様に、ストローをくわえて一気にアイスコーヒーを飲み干す。
カラカラっと、グラスの中で崩れる氷の音が響く。
玉の輿って……織笑も、そんな風に思ってたんだ。
だから出勤初日に、店長は警戒するように私に念押ししたんだっと
改めてあの日の言葉を思い返していた。
カフェを後にして、最寄り駅へと向かう途中、
イルミネーションが輝く夜空に視線を向けながら織笑は『あぁ、何処かに私の王子様居ないかなー』なんて
声を発する。
そんな誰かの独り言なんて、聞こえないように、かき消すように忙しなく行き交う冷たい都会の群れ。
「はいはいっ。織笑の王子様、見つかったらいいわね」
っと彼女の想いを受け止めて、改札口を潜る。
ここから私たちの方向は真逆になる。
改札口の前でわかれて、別々のプラットホームへと続く階段を下りながら家路へと急いだ。