【B】眠らない街で愛を囁いて

「おいおいっ、千翔。
 泥棒でも入った後か?」


っと無残な散らかり方になった診察室を見て、ため息を吐き出す暁兄。



「さっ、千翔は診察から出ていく。
 病人を診察しようか?」



すぐに暁兄は医者モードにスイッチを切り替えて、
俺を診察室から追い出していく。


次に俺が処置室に呼ばれた時にはすでに叶夢ちゃんの額には、
熱取りジェルシートがあてられて、細い腕には点滴袋が二つ。


そして俺が探した毛布に重ねる様に、
もう一枚かけられて静かに眠っていた。




「落ち着いた?」

「あぁ。
 これでもう少し改善されるだろう。

さて彼女は安定剤を入れて点滴が終わるまで眠ってもらおう。
 千翔、お前はとなりの部屋に来てもらおうか」


そういって普段は患者さんが診察室から処置室へと移動する道程を、
俺は診察室の方へと連行されるように連れられた。


「とりあえずそこに座れ。
 言っても来ないならついでだ」


そう言いながらデスクの前に座った暁兄は、
パソコンを叩いて俺のカルテらしきデーターを映し出すと
問答無用で瞼をグイっと押し下げた。



「やっぱりな」


確信するように呟いてキーボードで何かを打ち込むとそこから立ち上がって、
整頓されていたはずの医薬品の棚へと歩いていく。


そこで取り出してきたアンプルを注射器へといれて、
近づいてくると、俺の腕を消毒してゆっくりと針を挿入させて薬剤を流し込んだ。



「眠れないようなら、眠剤を使えと何度も言っているだろう。
 今も俺には視えないものが見えるのか?」


問われるままに俺は静かに頷いた。



視えないものが見える。

俺の身に起こっているそれを医学的に介入しようとして受け止めてくれているのは、
暁兄ただ一人だ。


もう一つの俺の家族は気味悪がるばかりで凱兄はその不思議な力のことをしらない。


本当は暁兄にも知られるつもりはなかったんだ。


だけど狭間に捕らわれている姿を目撃されて、
吸い寄せられるように道路に踏み出していく俺を掴んで助けてくれた。

それ以来、告げるしか出来なかった。




「千翔、あの子誰だ?

 人にあまり深く関りを持ちたがらないお前が、
 いやにご執心のようだな」


ご執心か……。

確かに俺自身も自分がわからないの。
なんで彼女が、叶夢のことがこんなにも気になるのか。


理論的に俺自身の答えを見つけ出そうとしても、
見つからない。

強引に結びつけた思考は真実ではないんだ。

俺自身を客観的に納得させるために言い聞かせている理由に過ぎない。



「あの子なんだよ。
 浜松で俺を助けてくれた女の子。

 二階のコンビニでバイトしてた。

 後、もう一つ付け加えるなら……誰にも受け入れられない、
 狭間に捕らわれているあの時間に、彼女は平気で踏み込んでくる。

 彼女が傍にいるだけど、金縛りにかかったかのように息苦しくて思い通りにならないその時間が
 スーっと緩んで解放されていく。

 そして彼女に会った日は、狭間に捕らわれることはない」



自分自身ので感じていることを暁兄へと俺は報告していた。



「そうか……彼女が浜松で出逢った姫か」


そう意味ありげに呟いた暁兄。



「だから今は見守っててほしい」

「見守るも見守らないも俺にはないさ。
 千翔の好きにしたらいいよ。

 ただ主治医として今は、彼女をゆっくりさせることだ。

 そろそろ点滴が終わるだろう。
 上のホテルに部屋を用意させよう。

 クリニックのベッドより眠りやすいだろう。
 叶夢さんの看病をしながら、千翔も体を休めてきなさい」



暁兄はそう言うとデスクにあった電話で上のホテルのフロントへと電話をかけると、
すぐに部屋の手配を終わらせて、処置室の方へと入っていく。


今も眠り続ける叶夢ちゃんの腕に繋がっている輸液の袋はすでに空っぽになっている。

それを確認すると点滴の針を抜いて綿で止血する。
暫く抑えた後、小さな傷テープを点滴の後へと貼った。
< 35 / 90 >

この作品をシェア

pagetop