【B】眠らない街で愛を囁いて

「体調が悪かったのかな。
 職場のカウンターで、両耳を手で押さえて崩れ落ちてしまったんだよ。

 それで永橋さんって言うのかな。
 叶夢ちゃんの仕事の相方さんに、家まで送ってもらえないかなって頼まれて、
 店長さんにも依頼されて対応することにしたんだ。

 更衣室で着替えてる最中に、時間がたっても出て来なくてIDを借りてお邪魔すると
 叶夢ちゃんは着替えは済ませたもののロッカーの前で熱を出して倒れてた。

 だから俺は叶夢ちゃんを抱えて、4階にある【あかつきクリニック】ってわかるかな?
 あそこに運び込んだ。

 あれ兄貴の病院なんだよ。

 ほらっ、浜松で助けてもらった日、迎えに来てもらってたでしょ。
 あの人」



その言葉に、迎えの車が高級車だった理由が何となくわかった気がした。
お医者様の車だったら高級車で当然だ。


「それで……私、泉原さんのお兄様の診察を受けたってことなのでしょうか?」

「そう。

 兄貴を呼び寄せて診察してもらって、兄貴の判断で家に帰らせるんじゃなくて
 上のホテルの一室で休ませなさいって言われてさ」


泉原さんはゆっくりと起こった出来事を時間軸に整頓して、
伝えてくれる。



言われるままにホテルの部屋をぐるりと見渡すと、
天井にはシャンデリアと、ダウンライト。

壁も備え付けの家具も、高級感あるしつらえで……私には場違いな気がした。



「えっと、ホテル代と……診察代、お返しします。
 でもこのホテル高そうなんで、お値段教えていただいてから足りなかったら、母に連絡するのでそれまで待っていただけますか?」


私は落ち着かなくて口早に伝える。



「診察代もホテル代も、叶夢ちゃんは気にしなくていいよ。

 診察代は兄貴に俺も払ってないし、
 このホテルもたまたま俺が借りていただけだから。

 叶夢ちゃんは、俺に巻き込まれただけだよ。
 そんな風に思ってくれたらいいよ」


巻き込まれた?



「まっまっまっ、巻き込まれて一緒のベッドで朝まで、ねっねっねっ寝たんですか?」



胸元に触れた泉原さんの感触に、
少し赤面しそうになりながら、うつむいて問い詰める。




「うーん、結果的には一緒に寝たんだけど……それは俺もびっくりだったわけで。
 まっ、叶夢ちゃんだったら大歓迎なんだけど今日は狼さんじゃないから安心して」



泉原さんの口ぶりで、一緒に大人の眠りについたわけではないことに安堵する。


だったら何?



「叶夢ちゃん、とらって誰?」



泉原さんの言葉に、私は沸騰する勢いで赤面するしかなかった。


まっ、まっ、まさか私……寝ぼけて、自分から彼の布団に入り込んだの?
そして、とらにしてたみたいに抱き着いて寝ちゃったの?



やらかした現実に、私は思わずベッド上で彼に向ってぺたりとお辞儀をした。




「ごめんなさい……私、寝ぼけて潜り込んじゃったんですね。
 それで抱き着いたんですね」


「まっ、まぁ結果的にはそうだったんだけど」


そんな声と聞きながら、思わず顔を上げると、彼は照れたように指先に鼻の周辺をポリポリとかいていた。



「とらは、実家で買ってた私の愛犬なんです。
 ゴールデンレトリバー。

 とら、大きくてもふもふなのに、私のベッドに潜り込んでくるのが大好きで
 よく一緒に寝てたんですよ。

 それで……寝ぼけて……」人様のベッドに潜り込んだー。



あぁ、穴が入ったら隠れたいよ。
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