【B】眠らない街で愛を囁いて
そんな恥ずかしさをごまかす様に、
【頂きます】っと彼女のお皿のオムライスをスプーンですくって、
口の中に放り込んだ。
確かにふわふわでとろとろの卵が口の中に広がっていく。
ご飯もベチゃっとしていなくて食べやすかった。
全てのメニューを完食した俺たちは少しの食休みの後、お店を後にした。
ここの支払いも済ませてしまおうとした俺を彼女はせいしてこれでお願いしますっと、
彼女は自分の財布からお金を取り出した。
先にドアから出て、彼女が出てきたところで「ごちそうさま」っと言葉をかけると、
「こちらこそ、有難うございます。ゆっ、千翔さんが居てくださって本当に助かりました」っと、
まだぎこちない乍らも、名前で呼んでくれた。
そんな僅かな変化がこんなにも俺の心をくすぐっていく。
再び車に乗り込んで、本日最後のドライブを彼女の自宅まで走らせた。
辿り着いたその場所は、2階建ての小さな建物だった。
「有難うございました」
そうやって丁寧にお辞儀をして助手席から降りていく叶夢は、
俺が車を発進するまで手を振り続けていた。
って何やってんだよ。
手を振ってる暇があったら、すぐに部屋に入れよ。
そんな思いを感じながらも、俺は彼女が振り続ける手を感じて、
クラクションを鳴らしてB.C. square TOKYOへ向けて車を走らせた。
地下駐車場へと拝借した兄貴の車を戻すと何処かに出かけていたらしい兄貴が隣にフェラーリを止めて車から姿を見せる。
「おいおいっ、千翔。
今頃帰宅か?
叶夢ちゃん病み上がりだって自覚はあるのか?
まっ、送り狼にならないだけマシだったか」
っと、からかわれる始末。
兄貴のペースにはめられるように俺は久しぶりに自宅へと続くエレベータへと乗り込んで、
IDカードをかざした。
眠らない街。
皮肉を込めて、俺はこのビルをそう呼ぶ。
そしてその眠らない街をいいことに、
俺は眠れない俺自身をごまかし続けた。
「千翔、叶夢さんはいい子だな……。
彼女の言葉は正直、俺には信じがたい。
だけど彼女のように地震体感と言うのだろうか、
そんな苦しみを抱えた存在は、実際に存在するのが現状なようだ。
体の何に変調をきたして、そのような状況を生むのかは今も解明されていないがな。
だがそれは、お前の狭間と呼ぶものに対しても同じだろう。
そんな視えざる力に苦しむお前に、彼女は引き寄せられたのだろうか?
それとも、千翔が彼女に引き寄せられたのだろうか?
って、俺らしくないな」
そんな会話を続けている間に、エレベータは目的の場所へゆっくりと止まる。
すると俺たちは、それぞれの扉へと向かってIDカードをかざして部屋の中へと入っていった。
眠らない街で叶夢が傍に居たら何時か俺も安眠を得ることが出来るのだろうか?
そんなことを考えながら俺はデスクに向かって再び遅れていた仕事を片づけて行った。