【B】眠らない街で愛を囁いて


「入るよ」


IDを翳して中へと声をかけて入る。
だけどそこに居るはずの田中さんはお出掛け中なのか姿がなかった。


「叶夢、こっち」



そう言うと千翔さんは扉を2つあけて最後の部屋で
再びIDカードを翳す。

すると本棚だと思っていたところが、
何かのモーター音と共に動き出した。


そこから姿を見せたのは、アンティークの彫刻が散りばめられたエレベーターの扉。



「どうぞ。びっくりしたでしょ」



千翔さんは階段の番号も何も記されていないエレベーターの室内の一角の装置に、
再びIDカードを翳した。


『登録を確認いたしました。
 このエレベーターは52階へとご案内いたします』

っと女性の音声でアナウンスが流れると、
スーっとした浮揚感と共にエレベーターが上昇していくのを感じた。

当初は真っ暗だと思っていたエレベーターが上昇している途中で、いきなり地上へと姿を現したのか
壁際の外の景色が広がっていく。

外から見るとガラス張りのエレベーターなんてなかったはずなのに、
この中から見る景色は、壁面いっぱいガラス張りのような錯覚に陥った。

次第にスピードがゆっくりとしてきたら、エレベーターはピタリと止まる。
止まった時には再び、真っ暗な高級感溢れる姿へと戻った。


『52階に到着いたしました』


そのアナウンスの後、また千翔さんはIDカードを翳す。

するとこの場所にもセキュリティーゲートが存在し、
ゲートの横にはクロークって言っていいのかな。

受付のお姉さんが、椅子に座って迎え入れてくれた。


「お帰りなさいませ、千翔様」

そういって、立ち上がって静かにお辞儀をする。


「叶夢、この間のカードを翳して」


そんな存在、忘れてたよ。
慌てて財布からゲストカードを取り出すと、ゲートの機械へとかざす。


静かに照合完了を告げる音声が響いて、私は夢の52階へと足を踏み入れた。
この場所もふかふかの絨毯が優しく足を包み込んでくれた。



「お帰りなさいませ。千翔様。
 これはお嬢様」


突然姿を見せたのは、癒しの田中さん。


「お仕事お疲れ様です」

「えぇ、有難うございます。
 ごゆっくりお過ごしくださいね」


そういって田中さんはエレベーターに乗って管理人室へと戻っていったのだと思う。

52階フロアーにはこのエレベーターの他にもいくつかのエレベーターの扉は確認できる。



「千翔さん、こんなにも沢山エレベーターがあるんですね」

思わず零すと「緊急用なんです。でも普段は使えませんよ」っと、
そういって部屋の方へと歩いていく。


千翔さんの後をゆっくりとついて歩くと、
やはりドアの前でIDカードをかざした。

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