【B】眠らない街で愛を囁いて
どうせ何処かの酔っ払いが、プラットホームから転落したのかもしれない。
だが停車している間に、俺が乗るはずの最終新幹線は新大阪駅を発車してしまった。
その5分後に運転は再開されたが、乗り遅れた新幹線が再び戻ってくることはない。
予定を変更して梅田駅で下車すると朝一での東京での仕事のために、
生まれて初めての夜行バスでの移動を決断した。
幸いにも夜行バスのチケットは、当日券を購入することが出来た。
22時30分頃に梅田駅のバスターミナルを出発した夜行バスは、
東京を目指して走り出した。
これで順調にいけば5時半には東京に戻れて、
6時半からの明日の用事にも間に合うと思っていた。
夜行バスは出発から一時間ほどして、最初のパーキングエリアにトイレ休憩に立ち寄った。
この頃はまだ起きている人が多かった車内も、
次第に車内の灯りが落とされて、就寝モードへと切り替わっていく。
シーンと静まり返った車内で、シートに体を預けながらウトウトと眠りにつく。
次に休憩に寄ったのは、二時間ほど時間が過ぎた後の浜松サービスエリアだった。
時間は深夜一時半になろうとしていた。
眠っている人が多いため、乗客に配慮してバスはサービスエリアで停車しながらも
車内アナウンスは一切ない。
四時間近く座り続けていた座席に、少し体を伸ばしたくて俺は眠っている乗客たちを起こさないように気を付けながらバスを降りた。
降りてすぐに大きく伸びをする。
三月が終わりに近づいているとはいえ、まだ肌寒さの残る外気が体を通り抜け、
ブルブルと身震いをさせながら、トイレへと急いだ。
トイレから帰る途中、その寒さのあまりポケットに突っ込んで小銭を確認すると、
温かいコーヒーを飲みたくて自販機へと向かう。
自販機に小銭を入れて、コーヒーを購入するとその場でキャップを捻って
一口、飲む。
温かさが俺自身を包み込んで、バスへと戻ろうとしたとき
突然、金縛りにあったように体が動かなくなった。
『おにいちゃん、ぼくたちのおとうさんとおかあさん、知らない?』
気が付いた時には、俺の足元にはズボンを掴んだ小さな子供が姿を見せる。
二人の子供のうち、男の子は俺のズボンを掴んで、女の子はずっと泣き続けていた。
「君たち、どうしたの?
迷子かい?」
『まいごは、おとうさんとおかあさんだよ。
ぼくたち、ちゃんとみつけてあげないといけないんだ。
おにいちゃん、ぼくたちのおとうさんとおかあさんしってる?』
そう言って俺に問いかける子供たち。
「じゃ、一緒に探すか」
そう言って俺が声をかけた時、「あのぉー、どうかしましたか?」っと言う
女性の声が聞こえたとともに、
先ほどまで身動きをとることが出来なかった体が、緩んでいくのを感じた。