【B】眠らない街で愛を囁いて
「あれでも一時は養父になった人だ。
そして俺たちの母が選んだ再婚相手には違いない。
母にも、あの男が必要なんだろう。
だからこそ、本気で争いたいわけじゃない。
もう2度と、貴江が俺の前に現れないこと。
俺と関わる全ての存在に危害を加えないこと。
それをきっちりと書面で交わしておきたいんだ。
凱兄には、その後のフォローを頼みたい。
あんなことがあったばすだ、馬上の家も近所の目やら何やらがあって肩身が狭いだろう。
だからうちが持ってる海外の物件から一つ、新しい住処として提供することは出来ないだろうか?
その場所で生活させると同時に、あの一家を日本からきっちりと離したいんだ」
俺が告げたその言葉に、二人の兄貴は仕方ないなぁーっと言うように、スマホを手に取り何処かへと連絡をした。
「手配したよ。
今、衛藤は55階にいるらしい。
俺たちも行くか」
凱兄の一言で俺たちはVIP専用エレベーターで会員制のラウンジへと向かった。
お酒を飲みながら相談に乗ってもらった翌日、早朝から30階にある衛藤法律事務所に顔を出し、
養父一家へと話し合うための書類作成に追われた。
昼が過ぎて一段落した時に、B.C. square TOKYOから病院へと、いつものように向かった。
「叶夢?」
通いなれた病室に彼女は居なかった。
彼女が使っていたはずの毛布もすでに片づけられて、
ベッドの枕元に入っていた患者名の入っていたプレートもなかった。
叶夢?
慌てて病室を飛び出して、ナースステーションへと顔を出す。
「すいません。302号室の名桐叶夢は移動したんですか?」
仕事中の看護師を捕まえて問いかけると顔見知りになった看護師は
「名桐さんは午前中に退院されましたよ。ご存じなかったのですか?」っと告げられた。
叶夢が退院した?
叶夢が連絡もなし俺の前から姿を見せたのが信じられなくて、
動揺を隠しきれないまま俺は病院のロータリーに停車していたタクシーへと乗り込んで、
彼女のアパートへと向かった。
木造建築の古びたアパートはあの事件の後、マスコミに囲まれて大変だった。
アパート内の表札に書かれた名前を順番に辿っていく。
名桐。
ドア付近にそう記された部屋の前で、
俺は深呼吸をしてチャイムへと手を伸ばす。
ピンポーンっと音はなるものの彼女が姿を見せる気配はなかった。