【B】眠らない街で愛を囁いて
「あっ、俺……兄貴に名前だけは貸そうと思ってるから、そしたら社員だよね」
っとはぐらかすように伝えると、伊川さんは「仕方ないですね。本当に会長も社長も千翔坊ちゃんには甘すぎるんです」なんて言いながら、
そんなきつく怒っている風には伝わってこない。
あぁ、全てを知ったうえで許してくれているんだなっと思えた。
「屋上のヘリポートに、すでにヘリが到着しています。
どうぞ、ヘリで羽田へ。
羽田にはプライベート機がスタンバイしています」
そう言うと伊川さんは俺が出掛けやすいようにドアを開けてくれた。
「どうぞ、千翔坊っちゃん。
健闘をお祈りします」
健闘を祈ります、そうやって送り出してくれた伊川さんの声を背中に受けて、
俺は辿り着いたエレベーターを緊急モードに切り替えて細工をすると、屋上まで一気に移動して待機していたヘリへと乗り込んだ。
羽田から飛行機に乗って、叶夢が過ごしているであろう地方の最寄りの空港へと向かう。
その場所から更にタクシーで一時間半くらい移動した場所にその村はあった。
峠を越えている途中に『ようこそ、おむらへ』っと記された巨大看板。
だけど坂を下りきるまでは、何も存在しなかった。
目の前には、山と田んぼが果てしなく広がるだけ。
時折、野生の動物が出てくるのか、鹿注意の看板や、熊注意の看板が様々な場所で確認された。
「お客さん、おむらは初めてですか?」
「はいっ。
凄く長閑なところですねー」
「長閑とは物はいいようですね。
確かに都会のせこせこした生活からは考えられないほどゆったりとしなさってるかもしれんですねー。
ですが、ここも過疎化が進むまでは賑やかだったんですよー。
若いもんは皆、不便だと不便だと出て行ってしもうて、気が付いたらこげなかんじです」
そういってタクシーの運転手をしているおじさんは、
世間話を始めた。
「あの百鬼寺【なぎりでら】は、どんな場所なんでしょうか?」
「あぁ、お百鬼【なぎり】さんね。
兄ちゃん、お百鬼さんやったね。目的地は……」
「はい」
「百鬼の滝でも行きなさるんか?」
運転手さんの言葉はどれ知らないものばかりで、
目的地を伝えた住所が、お寺だと言うことにびっくりする。
田んぼと畑以外、何もない場所の山の麓にタクシーはゆっくりと停車した。
「はいっ、着いたよ。
お百鬼さんには、この階段をずっと行きなさったら到着するよ」
言われるままにポケットから現金で支払いを済ませると、
タクシーから降りて、ゆっくりと背中を伸ばした。
まっすぐに見渡す限り上の方まで続いている階段を一段、一段上っていく。
登りきったところにはお寺の境内らしき空間と、
お寺の関係者らしき人の住居が存在した。