【B】眠らない街で愛を囁いて
「あっ、ヤバイ。
叶夢とのキスが気持ちよすぎる……」
なんて言いながら、千翔はキスを終えて慌てて体をはなす。
……もっと欲しい。もっと感じていたい……って思うけど、
ここは私の実家のお寺がある山陰の小さな村で、
私は……とらの散歩の途中である。
そう……幾ら人通りが少ないとはいえ、村人の車が何時横を素通りするかわからない。
状況を認識した時、凄く恥ずかしさがこみ上げてきた。
恋は人を大胆にさせるのかも知れない。
「千翔……さん……」
「叶夢、千翔だよ。
ゆきと。
俺と叶夢の関係に、他人行儀な呼び方は必要ないだろ。
ほらっ、叶夢。
俺の名前を呼んで?俺をぞくぞくさせて?」
「……ゆき……と」
「もう一回」
千翔の声に誘導されるように、私は背伸びをして千翔の耳元に向かって「千翔……好き……。千翔をもっと感じさせて」そんなおねだりをしていた。
その瞬間、再び千翔の体に抱きしめられてキスが何度も角度を変えて降らされたのは言うまでもない。
誰かに見られるかもしれないっと思いながら何度も繰り返すその行為は……、
どういえばいいのか言葉は見つからないけど気持ちよかった。
その後、私と千翔は、とらを連れて途中に玉遊びをした後、実家へと戻った。
「ただいま」
「お帰りなさい。叶夢、泉原さん」
そう言って台所から顔を出すお母さん。
えっ?
「泉原さん、すぐに叶夢に会えました?」
「はい。
教えていただいて有難うございます。
叶夢さんが……先ほどお話しさせて頂いた俺の申し出を受けてくださいました」
「まぁまぁ、叶夢……よかったわね。
さぁ、どうぞ中に入ってらして。
お父さん、お祖母ちゃん、叶夢と泉原さんが帰ってきましたよ」
声を張り上げるお母さんに、「ワンワン」ととらも自分もいるんだと言うように存在を示す。
「えぇ、そうね。ほらっ、とらもいらっしゃい。
脚を拭いて、家の中に入りましょうね。美味しいミルクをあげますよ」
そう言うとお母さんは、とらを連れて勝手口の方へと移動した。
「千翔……何?
先にうちの親にあってたの?」
「うん。ここにきて、真っ先にご挨拶して叶夢の居場所を教えて貰った」
「……そっか……。
散らかってるけど、入って」
そう言って私は先に家の中にあがると、
千翔は口を脱ぎ揃えて、家の中へとゆっくり上がり込んだ。
千翔の服装は夏用のスーツ。
だけどそのスーツの質感はそれが高級服なのだと何となく伝えてくる。
そんな千翔が、我が家の畳の部屋のリビングへと入り、
冬には毛布をかけて炬燵へと変貌を遂げる掘り炬燵のテーブルの前で正座をした。
寺の本堂で何か仕事をしていたのだろうか。
住職の法衣をまとって姿を現したお父さん。
その後に、お祖母ちゃんとお茶を手にしたお母さんが続く。
そして何時しか、とらが尻尾をふりながら千翔の傍へと近づいてきてお座りした。
「泉原さん、どうか娘を宜しくお願いします」
お父さんは千翔に深々とお辞儀をすると「幸せになりなさい」っと私に告げた。
「しかし、寂しくなるなぁー」
「あらっ、お婆さん。
叶夢の運命は大婆様が予言していましたでしょう?
あの予言通り、こんなに優しそうな人と出逢って連れてきましたわ」
「あぁ、そうだねー。
大婆様にも報告しないといけないねー」
そう言って私の家族は祝福してくれた。
その日、千翔は私の実家に一日とまって八月の最終日、
私は東京に戻る準備をして、千翔と一緒に家を出た。
千翔が手配していたらしく、迎えに来たタクシー。
「とら、お前はもう少し待ってくれな。
ちゃんと、迎えを寄こすから」
そう言って千翔は、とらとお別れをすると、わかったと言うように「ワン」と吠える。
タクシーに乗り込んで向かったのは村から一時間ほど走ったところにある空港。
観光客を誘致するために作られたその空港で、
千翔は何かを見せて手続きをすると、どの列にも並ばずに中へと案内される。
そして見えてきたのは、小型ではあるけれど飛行機だった。
「お帰りなさいませ。千翔さま。
いらっしゃいませ、叶夢お嬢様」
接続されたタラップの階段をあがって飛行機の中へと招かれると、
そこには普通の飛行機とは違う、部屋のようなゆったりとした空間が広がっていた。