ミツバチのアンモラル
意識を取り戻したとき、まず見えたのは白い天井で、身体の痛さに事故の瞬間を思い出して震え、全身が傷んだ。
私はベッドに寝ていて、何かを測定する規則正しい電子音が近くで鳴っている。遠くから複数の人の気配やコール音、鼻を掠める薬品の匂いで、順当に考えればここが病院なのだと結論に至る。
冷静な思考回路の己が恐ろしい。けれど、五感を使っての確認作業に、四肢等失ったものはあまりないのかもしれないと、不安の中に安堵を見つけたりもした。
「……っぁ」
「華乃っ!!」
吐いた息に声が混じれば、涙まじりの驚いた声が左側から聞こえた。それともうひとつ別方向から、バタバタと何処かに走っていってしまった足音がした。
「……い、くん……」
天井ばかり見つめていた私にその姿はまだ見えていない。けれど、誰かなんてわかりきっている。
たとえ記憶喪失になったとしても忘れないと自負するその名前を紡ぎたかったのに、私の声帯はうまいこと震えてはくれなかった。いや、喉に水分がなかったことが原因かもしれないけれど。はたまた両方か。
圭くん――言いたかったこの名前を心で紡いで顔をほんの少しだけそちらに傾ける。すると、相変わらず王子様なかんばせがそこにあった。目は充血していて二重が薄くなるくらいに腫れ上がっていて、頬には涙と鼻水まで光っている? ああ、髭が濃くなっているのも男らしくて好きかも。美形はどんな状況であれ美形なんだと感心しながら、涙の跡を拭おうとした私の手は、やはり上がることはなかった。
「おばさんが、今、華乃が起きたって、知らせに」
「うん」
うん。喉が蘇ってきた。
「華乃……ごめん……本当に、ごめん……」
「なんで、圭くんが謝るのか」
「っ!! ……ごめん…………目覚めてくれて、良か……った」
涙を流し続ける圭くんを、動けない私は慰めることが出来なかった。