ミツバチのアンモラル
「こんばんはー」
深い色合いで出来た木製の両開きの扉の右側を開けて中に声をかける。するといつものように、優しい顔立ちと声をしたおばさんが作業場から顔を出してくれる。
「おかえりなさい」
「おばさん、ただいま。あとで床の掃除手伝うね。今日は智也、修行の日なんでしょ」
「いいわよそんな。華乃ちゃんだって仕事してきたのに」
幼馴染みで私と同い年のほうの智也は家業を継ぎたいと、高校卒業後専門の学校へと進み実家のベーカリーで働く傍ら、時々何処かのお店にも行く。詳細は知らないし教えてもらえないから、もう勝手にこっちは修行と言っているんだけど。
私の職種が事務で身体が鈍るだろうから、自分が居ないときの店の手伝いでもしてろと智也に言われてから、何故か従うようにそれをしている。
別に昔から手伝っていたし、いつももらうパンのお礼だし構わないのだけど、どうせいつも来てんだからと言われた際の棘のある声だけはまだ納得いっていない。
「大丈夫だよっ。先に圭くんのとこ行ってきます」
いってらっしゃい気を付けてねと見送られ、扉を閉めてから笑みがこぼれる。別にそれほどの距離でもないのに、おばさんはいつもそう私を送り出すのだ。
お伽噺に出てくるようなログハウス調のお店にくっつくように、ベーカリーの入り口近くには、もうひとつの建物がある。小さいから孫亀のようだ。
そこは、昔は倉庫として活用されていたけれど、三年ほど前から、ベーカリーとは異なる業種の工房兼事務所に変わった。
私はそこの主に会いに行く。