ミツバチのアンモラル
「兄貴、まさかの本当に逃亡したぞ」
まだ早朝。案の定工房は閉まっていてベーカリーに顔を出せば、困ったふうではあったけれどさほど気にしていない様子のおばさんのうしろから、労働によりおでこをテカらせた智也が出てきて不機嫌に言い放ってきた。
「どうやら丑三つ時に出ていったみたいだ」
「智也の馬鹿っ」
「馬鹿も阿呆も兄貴だろう。己の愚行に耐えられなくなったんだろうな」
「何処行ったの!? 無事っ!? ああっ、こんなになるんだったらGPS仕込んどけばよかった!!」
「……。まあ、死ぬことはないだろうさ」
「そんなのわかんないじゃないっ。圭くん繊細なんだからっ」
「華乃に会えなくなる選択肢なんか選ぶか」
「っ」
「……そうやって嬉しそうな顔して待ってろよ。心当たり聞いて探してるし、居場所わかったら教えてやる。兄貴に内緒で」
焦れったくて仕方はなかっったけれど、圭くんが何処に消えてしまったのか全く見当がつかない私が探しても生ける屍のように永遠にさ迷い続けるだけになるのは目に見えている。……私は実のところ、私の目の前にいてくれた圭くんしか知らないのだと、思い知らされた瞬間でもあった。
それは、私自身がそうさせていたのだけれど……。圭くんから感じる“誰か”を今以上にわかりたくなかったのだ。
「……わかった」
渋々頷き、従った。
「おう。……それで、華乃はどうしてエプロンを掛けてる?」
「することないし、ここにいるのが一番早く情報が入ってくるから」
時折お手伝いをするから常備してある私専用制服エプロンを纏い、開店準備を手伝う。
馬鹿息子がごめんなさいね~、なんて全てを知り得なくとも何かは察したおばさんもそう言ってくれていることだし、こうなれば開き直って色々温存し、後に備えることにした。