ミツバチのアンモラル
「あら恐いこと」
私など恐るるに足りないらしい朱美さんは、けれども差し出した封筒を突き返すことはせずに、昨日と同じく私をしっかりと見据える。こんな威圧的美人にそうされるのは初めてのことで、私はなんだか蛙になった気分を味わわされた。
膝は密かに震えたけれど、仁王立ちをすれば問題ない程度だ。
「圭くんのこと本当に好きな人のところには、怖くて置いておけませんから。戻ってきてくれるなら、連れて帰ります」
負けたくない渡したくない。すぐさま拐ってこんなところ逃げ出したい。
けれど、昨日の一瞬で感じとってしまった目の前の綺麗な人の気持ちを今日再確認してしまえば、きちんと果たし状はぶつけておこうと思った。
自分を見てくれないときの圭くんを見つめるとき、朱美さんの瞳は潤みを増していた。それを器用に隠す豊かな睫毛は、その為だけに存在しているかのようだった。圭くんに触れた指先は、言葉は態度は、きっと目にした全ての人間が理解すると思うほどに、優しいものだった。
私に囁いたことは、どうしようもない憤りからだろう――そんなもの、誰にだって。
朱美さんは私の不遜な態度に怒るでもなく、もう一度豊かな睫毛をはためかせる。勇ましい子ねと嫌味たっぷりに誉め、圭くんの部屋番号を告げてくれた。
「連れて帰るって啖呵を切った直後に弱気になるものじゃないわよ。――早く行ったら? 智也くんに、迫るなら明日以降でって約束させられちゃったから、今日は何もしないでいてあげる」
「っ、それはだめっ!!」
電車の中で出来なかったぶん、一目散に圭くんのところにダッシュした。