ミツバチのアンモラル
 
 
八世帯入居出来る寮の一階、一番奥の部屋に明かりを確認する。
足音は、しただろうから気づいているかもしれない。私だとは思ってないだろうけれど。


玄関扉の前まで来て声を掛けようとしたけれど、私からだと返事をしてもらえないかもしれない。
けれども、私以外なんて認められなくて。


「……圭、くん」


返事かない代わりに、室内からは何かを落とすような音が響いた。ばらばらと軽い音が幾つも重なるそれは、本当に仕事をしていたのかペン類を沢山落とす音のようだった。


「圭くん、ここ開けて? 一緒に帰ろう?」


返事はない。
いつもなら私のお願いなどどうやっても叶えようとしてくれる圭くんは、本来、そんな優しい人間てはなくて、けれどもそれは普通のことで。普通ではない愛情を私は注いでもらっていて。
穏やかで温かくて、幸せで少し悲しい時間は、もう戻ってはこない。


しばらく待ってみても、天岩戸が開く気配はない。
そっと、玄関扉にもたれ掛かれば、木製の扉のすぐ向こうに気配を感じられた。こんこんと爪で叩いてみれば、後退りのような物音と共に、ようやく声が。


「……………………華乃」


「う、ん」


「もう遅いから、帰りが心配だから帰りなさい」


けれども、それは私を拒否するものだった。


「圭くんと一緒に帰りたい」


「……仕事だから」


「嘘」


「……」


会えないのだ、という期待が、圭くんの拒絶によって私の中で萎んでいく。
会いたく、ないのだ……私とは。
あんなに勇んで出向いたというのに、もうそんな勇気は欠片もなくなっていく。いつもこうだ。だから告白なんて出来なかった。
詰め込んだリュックの中身も今は重いだけで、取り出すことさえ出来なかった。


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