ミツバチのアンモラル
そのとき、
「おいクソ兄貴」
そこに居るのを忘れてしまっていた智也が口を開いた。
「智也っ」
「俺はもう疲れたから帰りたいんだ。いつまでも拗ねてないでさっさと出てきて華乃と話せっ」
けれども扉は微動だにせず、智也へもひとこと、帰ってほしいとだけ。
今日は、もうやめておいたほうがいいのかもしれない。圭くんは私の前から消えることはしないでいてくれたのだし。もう少し時間が経過すれば。
いつか逃げないで、私に向き合ってくれれば……萎んだ勇気は、また、あまたの告白を躱されたときのように退行していった。
けれども足が動かない。帰ってしまえばあの、私以外の本気の想いが圭くんを包んでしまうかもしれない。
圭くんに会いたい。手に入れたい誰にも渡したくない。そこに行き着くだけの想いは、弱い自分のせいでまたここでも堂々巡りをしてしまい。
額を玄関扉につけたまま硬直していると、後方から腕が伸びてきて、その腕が扉を殴った。
「智也っ?」
木製に与えるには穏やかでない力で、智也が扉を殴った。その腕が去ることはなく居座るものだから、自然これは所謂壁ドンのようなものなのかという体勢が形成されてしまった。
「おいクソ兄貴」
「ちょっ、智也離れてよっ。邪魔」
「兄貴。いいのか。俺は今華乃壁ドンやってんだぞ」
やっぱり壁ドンなのかっ。
智也の意図が見えないままその壁ドンから解放されることはなく、ついでにといったかんじで扉を足で蹴りだす。私がしなくとも、危惧していた本人が破壊行為をしている始末。
「智也っ!! もうやめ……っ」
今はここで争っている場合ではないと邪魔な図体をどかそうとしたら、それは難なく封じられ、ついでに口も塞がれてしまった。